Before Intervews 「新世紀が来るなぁ。Coming Century♪」 楽しそうに言ってる声に反応して、俺は思わず後ろを振り返った。 ヤツも同じだったらしく、思い切り眉顰めて「は?」って今にも言いそうな顔をしていた。 …怒鳴りつけたい気持ちに文句と言うか…反論は言わないよ、J。でもさ。この雰囲気を読んでくれ。 そこまで出来るヤツでいてくれ。 俺らのすぐ近く、壁を隔てた向こうにはマスコミが控えてるんだ。 「スギちゃん、そんなに待ち遠しかったの?」 隆ちゃん…その話にノらないでよ。 「楽しみじゃない? こう、新しい世紀に生きていけるっての」 「あぁわかるわかる」 判るなんなモン。俺は視線を戻して、持ってた雑誌に集中し始めた。 そんな話に付き合って笑えるほど、俺は優しい人間じゃない。 「イノ」 あ? と思って顔を上げたら、めちゃくちゃ近くにヤツの顔。…実はめちゃくちゃ驚いたんだけど、何も言わないでおこう。 なんだろうと思って軽く首を傾げたら、Jは苦笑いを返してきた。 「スギ達、行ったぞ」 「あぁ…うん」 俺はバッチリ終わってるメイクも着替えも、目の前の男とは正反対だった。 Jは用意された衣装もメイクも、何もしなかったのだ。いつも通りの、ちょっと乱れかけた髪型に、気に入ってる部類に入る恰好。 準備が全部終わってる俺たちと並んだら、そりゃもうおかしいぐらい不釣り合いで。 それでもめちゃくちゃに似合ってる「Jらしい」恰好。 「もうそんな時間なの?」 するとヤツからは名残惜しそうに見えるらしく、 「読んでて良いぞ?」 と返される。もう読み終わってるよ、こんなの。 「まだ時間あるんだ」 納得したように言うと、Jは肯いた。 あの日俺たちが出した、たったひとつの答え。 もうこれ以上のアルバムは作れないかもしれない、そう思わせたアルバムは、相変わらず俺の中でダントツの一位。 隆ちゃんと、スギちゃんと、真ちゃんと。そしてJと話し合った結果の決断に、俺は何も言わなかった――――言えなかった。 出来るなら、泣き叫んでもおかしくないくらい嫌だったけれど。 Jと一緒にいられない。隆ちゃんと一緒に歌えない。スギちゃんと一緒に弾けない。真ちゃんと一緒に合わせられない。 そんなの絶対嫌だったけれど、俺には何も言えなかった。 だって、Jの曲と隆ちゃんの声は合わないから。 何がおかしかったんだろう。何が間違っていたんだろう。 隆ちゃんの声に惚れて、俺はLUNA SEAでギターを弾き続ける事を選んだ。 そしてJも、それは同じだったはずだった。なのに。なんで今、別れないといけないんだろう。 「イノ」 「ん?」 「泣いて良いぞ」 「…なんで判るんだよ」 皆の前じゃ言えないその言葉が、するっと出てきてたみたいで。 抱き寄せられて、俺は抵抗もしないでそのままJの背中に腕を伸ばして服を軽く掴んだ。 力を込められた事で涙が滲んできて、そうなるともう駄目だった。やっぱりこいつには、何も隠せない。 頬を伝う涙を、Jには見せたくなくて躰を離さなかった。 どうして、しかなかった。 好きなものが集まったバンドが楽しくて、それで俺は幸せだったのに。 隆ちゃんの声、スギちゃんのギター、真ちゃんのドラム。Jのベース。 離れるなんて、解散なんて笑い話にしか出来ない、そうしなきゃいけない話題なのに。 いつからか真剣に話し合いが始まっちゃって。 皆と離れたくなかったけれど。それでもJは俺の行動を見ていてくれたらしい。 「…ばか。ばかばかばかばか!」 それしか言葉判んねぇのかと言われてもしょうがないくらい。Jを責めても仕方ないのに、俺はずっと馬鹿と言い続けた。 終わりなんて見えてなかった。少なくとも、俺の中では遠い存在過ぎるくらいだったのに。 「なんでだよっ…俺、まだ皆に…皆とまだやってない事いっぱいあるのに…」 誰にも言えない、Jにしか言えない本音。 まだ離れたくない。終わりたくない。最後まで、そう死ぬ直前でも良い。いつまでも一緒にいたい。 皆と一緒に演奏ってない曲も、演奏ったら絶対カッコ良い曲もいっぱいあるのに。 「……ごめんな」 ちゃんと判ってるよ、J。お前が悪いんじゃないんだ。判ってる。でも今だけで良いから、言わせて。 お前と一緒にもう演奏れない。お前の隣ではもう演奏れない。 それだけが悔しいんだ。 「ごめんな、井上」 辞めたいとは言わなかった。ただ「もう合わない」と皆で感じ取っていた。 このままLUNA SEAを続けるなら、誰かが満足したら必ず誰かが我慢しなくちゃいけない。 そんな事、このメンバーがするはずない。しても俺と隆ちゃんだけぐらいだろう。 隣でそう呟いた時、お前が俺を見たとき。 俺は自分がどんな顔してたのか知る術はないけど、お前が辛そうだったから、俺はそれ以上だったんだろうな。 泣きそうだったもん、自分でも判るくらい。 涙が止まらないのは、あの時溜め込んでいたせいなのかな? 「…っく……っ」 声を出すまいとして、俺はJの胸に顔を押しつけた。 だって、本音はこいつにしか言えない。いきなり辞めたいという事を告げたお前だけにしか。 俺の事ちゃんと判ってくれてるお前以外には、絶対言えない。 「INORANさん、Jさん、30分後なんで10分前には出てきて下さい」 こんこん、とドアを叩いてスタッフの一人が言っていく。 Jが俺を抱きしめてくれるのが好き。Jが隣で笑ってくれるのが好き。Jが傍に居てくれるのが好き。 こいつがいるから、俺は今までLUNA SEAで居られたと言っても過言じゃない。 「…俺、お前の隣でないとやだよ」 わざと我侭を言ってみる。そんなの、叶えられっこないのにね。 お前の傍に居られるなんてコト、お前の隣で居られるなんてコト、出来るわけない。そしたら、俺のソロが出来なくなる。 お前が困るの判ってて、困らせたくて言ってる。 「お前の隣でないと、ギター弾けないよ」 お前と始めたんだから。お前と一緒に弾き始めたんだからね。 「…イノ」 「俺、ここに居たいよ。ここで、LUNA SEAでやっていきたいよ。お前の隣でギター弾いてたいよ」 時間が過ぎてくのも、Jが戸惑ってるのも判る。 だって俺、お前困らせるの天才だもんね? だって、スギちゃんが言ってるんだから間違いないと思う。 隆ちゃんもスギちゃん困らせるの天才じゃんね。 あと何回かのライヴで、俺たちはバラバラに活動するようになってしまう。 LUNA SEAではなくなる。元LUNA SEAでしかなくなってしまうから。 Jが思い切り抱きしめてくれるのが判る。こいつのこういう行動、大好きだなぁ。 「……ごめんな」 謝らせたくなんてないのに。こいつのこんな声なんて聴きたくないのに。 いつも通りの自信たっぷりな声で、笑っていて欲しいのに。けれどもこいつを困らせたいと思う。…俺は病気なんだろうか。 「J」 傍に居たい。ずっと一緒に居たい。でもそれは叶わない事だから、俺はいつもこいつを抱きしめる。 けしてひとつになれないから、こんな想いもするけど。お前が居てくれて良かったと思う。 「ん?」 今さっき気づいたんだけどさ……お前と違ってこちとら正装だっつの。 「服、やばいって。俺これでインタビュー出るんだから」 「良いじゃん別に」 「良くないよ。最後なんだから…」 あんまり抱きしめられたりすると、皺になるんだってば。…でも好きだから、別に平気だけど。 腕が解かれるかと思ってたら、Jは俺を抱きしめたままだった。逆に俺がJに持たれるようにして抱きしめられて。 俺は抵抗しなかったけどね。 「J?」 「もう少し、こうさせろ」 「いいけど…なに、どうして?」 「………なんとなく」 ヤツのその言い方がおかしくて、俺は笑ってしまった。 ライヴ終了日。 “終幕”という名の通りにライヴが終わってから、ファンが見えなくなってから俺はどうしても堪えられずに泣いた。 本当は涙もろいんだから、ここまで我慢出来た自分に乾杯。…そう、俺は自分におどけて見せた。 けれども俯いた瞬間に抱き寄せられて、それがJの腕だという事に気づいて、俺は本当に何も考えられずに泣いた。 ――――LUNA SEA、終幕―――― It can be with you, and I am very proud. Thank you and Good-bye. Moreover, let's encounter it somewhere some time! |