no name？ 「もしもこのままオレが居なくなったとしたらどうする？」 「…は？」 突拍子もなく、オレはそう呟いていた。 そしたら彼は珈琲を無理矢理喉の奥に流し込んで、顔を上げた。 何をいきなり言い出すのか、とでも言いそうな表情でじっと睨まれる。 まぁ確かにいきなり言う言葉でも、お前に聞く言葉でもないんだけどさ。 「いや…最近さ、いろんな事件とか事故とか起こってんじゃん？ ただそれだけ」 これといって何を考えてるわけでもないしお前に何を言わせようとしてるんでもないけれど。 多分、何も言えなくて、何も喋らなかったんだろう。 そんな彼にオレは苦笑していたらしい。 「……なにを言って欲しいわけ？」 限界を感じたみたいで、恨み言を言うようなちいさなちいさな声で呟かれた。 オレにかける言葉なんて浮かばないんだろう。 「いや……別に？」 「嘘つけ。で、何かご不満でも？」 あんなに凄いって連発してるヴォーカリストと出逢えたのに？と続けられ、オレはちょっとだけ笑った。 「馬鹿なことだよ」 半分諦め入った様子で、オレは自分に吐き捨てるように言った。 「プロデュース？」 「……もある」 少しだけ考えると、確かに彼女のこともある。でも、最大の要因はお前。 こいつに八つ当たりとかキツい言葉とか聞かせたくはないんだけど、でもなんか聞いて欲しい感じ。 「なに、俺が恋しくなった？」 「うん」 この時、なんでわかったんだろう、と本気で思った。 「お前が居ないって、結構怖いもんなんだな」 あっけらかんと言ったけど、でもほんとに今さら思い知った。 自分の中の、お前の存在の大きさに。 「なんかこう…自分が表に出てると、今まで見なかったものまで見えてきてさ。 　妙に怖いんだよ、何かわかんねぇけど。 　で、今までそんなの見ても隣にお前が居て、一緒に演奏してたら安心しちゃって、忘れられたって言うか……。 　だから今さらなんだけどさ、お前の存在のデカさにびっくりしてる。 　あと…そうだな、隆は毎回あんなの見てたんだな。それでもフロントに立っててくれたあいつの精神力？ に驚いてる」 隆のことも、もちろんスギのことも、真矢のことも。 離れて気付くものは多すぎていた。 何よりも、お前の存在が大きかったことに。 「……珍しくよく喋るじゃん」 まぁな、と笑ってやった。 オレが見たものは――――こいつにだけは気付かせたくない。 「まぁでも…、これだけは言ってあげられるよ」 「なに？」 いきなりの言葉に、オレはオウム返しのように即座にその答えを聞きたがった。 「お前は俺の前からいなくなんないよ」 妙な確信を持って、彼ははっきりと言ってくれた。 「………なんで？」 「俺もついてくから」 当たり前だよ？とでもいう感じに言い放ってくれる彼が、凄く嬉しい。 んで、誰よりも綺麗だった。 まさかそんな答えを返してくれるとは思わなかったから、かなり驚いた。 「お前がどっか行く時は、俺も一緒に行くよ。…………嫌？」 ちょこっと首を傾げて訊いてくる彼に、オレは首が千切れるんじゃないかと思うくらいに左右に首を振った。 本気で言ってくれてんの？　なぁ、ほんとに？ なぁ。　オレがお前連れて行って良いの？ 「……いいの？」 「良いのもなにも…俺が行くって言うんだから行くの。来て欲しくないなら行かないけど？」 「絶対連れてく！」 思わず即答したオレの言葉が面白かったのか、彼は笑ってくれた。 凄く綺麗で、ほんの少しの切なさと儚さを交えた笑顔はすぐに涙に塗り替えられて――――凄く、怖かった。 「ちょ、おい？」 オレは思わず戸惑って、心底困ってしまう。 ただでさえ綺麗で、俺の傍に居てくれるのが嘘みたいに思う時が多いのに。 こうやって泣いてる時、そのあまりの線の細さに消えてしまいそうで怖い。 「どした？」 そっと抱きしめたこいつが、なんでだかすごく哀しい。 傍に居てくれるこいつが、なんでだかすごく遠い感じ。 「っかんなぃよぉ…」 泣き言みたいに、ほんとに涙で潤んだ声で呟く。 あー…だめだ。 すっげぇいま、よわい。 どんな困難な事でも、どんな無理な事でも、こいつの為なら絶対何でもする。 「お前が…」 「オレ？」 「お前が、んな事言うからッ……」 言われた瞬間に、もっと強く抱き込んだ。 “傍に居てくれ”とは言えない。 傍に居てくれる約束なんか、オレ達は交わしちゃいない。 保証なんかどこにもない。 こいつを置いてオレが何処かへ行ったとしても、絶対こいつはオレを責めない。 「ごめん」 自分でもわかるくらいの、泣きそうな、声。 「絶対、ひとりにしないから」 オレは待ちぼうけを食らう奴の気持ちを知ってる。 ひとりで残される人間の、痛いほどの切なさを、痛みをちゃんとわかってる。 だからこいつだけはそんな想いさせたくねぇと思う。 「ほんとにごめん」 何度も何度も繰り返し謝る。 致命的にはならない痛み、だけどいちばん怖い痛み。 それを受け入れたのはお前だけど、それを与えたのはオレ。 “いつかは離れるかもしれない” もう過ぎ去った言葉だけど、守りたいものは同じだから――――きっと、オレ達は大丈夫。 どっちかがどっちかを置いていっても、目指す場所はおんなじ。 ばらばらに歩き出しても、目指してる場所はきっとみんなおんなじ。 ――――だからいつかは、同じ場所にたどりつける。 ただひとつだけ思うことは、オレはこいつを置いていかない。 いつか出逢った時、こいつには笑顔で迎えてもらいたいから。 絶対にひとりにはしない。 誰になにを言われても、お前が望むならオレがお前を盗んでやる。 それ以外、オレには何も出来ないから。