Perfect World まったく連絡なんか無かった。 ただ、いつものように「オメデトウ」という言葉なんか、隣に居ないあいつらが言ってくれるなんて思ってもなかった。 だって、逢わないから。 朝イチに隆から電話で、リハをやってその休憩時間にスギと真矢から電話がかかってきて笑い合って。 でも、あいつからは逢うはおろか、電話一本もなかった。 それでも、さすがにしょぼくれた顔は、今日集まってくれるファン達には見せらんねぇから気にも留めてないような表情でライヴを 終わらせた。 お疲れ様でした、の声を無数に受けながら、オレはステージから降り楽屋に向かった。 気分は最高なんだけど、どこかぽっかり穴が空いたような“淋しさ”を感じていた。 そりゃあいつが何をしていて、どんな事をしようとしているのかとかは別に知ろうとも思わないし、それはあいつの事だからきっと ちゃんとあいつらしい事をしてる。 それは何も言われないでも、誰に言われないでもきっとオレが一番よく判ってる。 それにリリースとかしたら、あいつはオレに音源送ってくれる。 めちゃめちゃ信頼してるし、多分あいつもオレのする事に不安とか感じてないと思う。 でも無性に逢いたかった。 理由なんかまったくと言っていい程判んないけど、めちゃくちゃ逢いたい。 何も言う言葉なんか見つからないし、何も言わなくて良いと思う。 ただ逢いたい。 ここでの公演は終わりだから、スタッフ達が一斉に片づけ出す。 ファンのみんなももう周りには居ないようで、オレはこっそりと裏口から抜けた。 そこで持って来た煙草を一本くわえ込み、火を灯す。 夏なのに夜は涼しくて、のんびりとする事が出来た。 でもやっぱり、考える事はあいつの事ばかりで。 「……なっさけねぇの」 ぽつりと呟いた言葉にさえ、打ちのめされそうだった。 いつか、オレがファンに言われた事を苦笑いで言った言葉がある。 その内容はとても下らないものだったけれど、オレ自身としてはちょっとヘコんでたものだった。 でもまぁ、気にしなかったんだけど。 そしたらあいつは、オレが他人に悪口を言われるのがムカつくと言いだして、そしてこう言ったんだ。 『簡単に人にけなされるような奴を好きになった覚えはないからね?』と、あの極上の笑顔で。 その時、オレってホントこいつに愛されてるよなぁと実感した事もあった。 そんな事さえも何だか恋しくなった。 下らないし、こんな事あいつには言えないけど。 でもやっぱり逢いたくなる。 どうしてだか逢いたい。傍に居たい。あいつを、感じていたいと思ったんだ。 ぽすっと、背中にぶつかる音と軽い衝撃が体を走った。 すごく暖かくて、すごく安心させてくれる。そんな感じのぬくもり。 「……無理しないでよ」 どこか淋しそうな響きをも含んでいたそれは、オレを極度に安心させる事が出来ていた。 腹の辺りで重ねられた手に、そっとオレは自分の手を重ねた。 さほど大きくもなくて、かといってそんなに小さいわけでもないその手。 ただ少し白くてどこか華奢な、細い指先。 指を彩る銀の指輪。 「なに、どしたの」 自分の事を棚に上げて、オレは尋ねた。 こうでもしないと、ホントにオレはこいつに惚れきってるから余裕がまったく無い。 だからせめて精一杯、強がって自信ありげにして、そうしてるだけ。 「逢いたかった」 繰り返される、オレと寸分の違いもないその言葉は。 「Jに、逢いたかった」 しがみつくみたいにしてひっついてくるイノが、何だかとても頼りなげに見えた。 ただでさえ線が細いイノだから、今は消えそうになってるのかもしれない。 そう考えたら、手を離せなくなってきた。 「楽屋に行ったら居ないって言われたし、みんなに聞いても誰も知らないって言うし。俺、避けられてんのかと思った」 「お前避ける理由なんかねぇよ」 「だから、もう忘れられちゃったのかなって思った」 どこか笑いを含んだ言葉さえもが、とても淋しそうだった。 「誕生日おめでと。今年は最後になっちゃったね」 いつも一緒にいたから、いつも傍で居たから、誕生日はいつも一番最初にイノがオメデトウって言ってくれてた。 でも今年からはそうはいかない。 今さらながらに、オレ達が下した決断の大きさを思い知っていた。 「一ヶ月後、よろしく」 手をほどいて、正面に回ってきてにっこりとイノは微笑んだ。 「ハイハイ。どこに行っても追いかけて言わせて頂きます」 最小限の言葉しかいつも言わない。 それでいつも判っていたから。 音楽なんかはもちろん、日常生活でも相手の言いたい事、言いたくない事も判っていた。 『空気みたいな存在』。 オレとイノの共通してる、理想の関係とやらは当たり前のようになっていた。 オレ達には隆とスギみたいな関係は望めない。 オレ達はオレ達で、あいつらはあいつらなんだから。 オレにとっての『Perfect World』は、ただイノと音楽さえあれば最高だと思う。 それこそ完璧な最高の世界。 君が居て、オレが居て。 そしたらもう音楽は、一緒に出来るから。 このまま世界が終わったとしても、イノさえいればどんな世界でも『Perfect World』になれる。 |