to myself.














「お前が好きだって言ってくれたからさ。変わらないよ、俺は」


あの笑顔で言った言葉は残酷だった。大好きな、大切な笑顔でお前が言ってくれた言葉は。


まるで一瞬の夢のようであって、それを願って。でも。





目を覚ました時には、痛いくらいの『現実』があった――――。































「あ、桜」


春という季節はまだ先で、もうすぐ冬が来るというのに、何故か一本だけ狂い咲きのように咲いている桜を、アイツが見つけた。


季節はずれも良いトコだが、それから目を逸らさないイノランに。


「……桜、好きなのか?」


「うん」


ただその桜に神経を集中させていたアイツの為に、走らせていた車を止めて。


オレ達は何気なしに手を繋いで、その桜の元へと行ってみた。


はらはらと舞い落ちる花びらが、月に映えてきらきらと光っていた。


誰も居ない中、ひっそりと咲く桜を見上げたイノラン。


いつまでも繋いでいた手を、離さないとオレ達は飛べないから。


相変わらずイノランは、あの瞳をまっすぐ前に向けて、ゆっくりと歩き出していた。


隣に居るようで、いつもあいつはオレより一歩先を歩いていた。


どんなに走って追い越したとしても、いつのまにか隣でいて、そのままオレを抜いて行く。


悔しいほどのマイペースが、オレには羨ましかったんだ。


時にはオレを追い詰め、時にはオレを励まして背中を押してくれるような。


そんな不思議な感覚を。


いつまでもずっと感じられると思っていた。


いつまでも変わらないと思っていたその立場。















いつの間にアイツは、オレよりも強くなったんだろう?















互いの感情を知っていた。


互いの存在の重さを知っていたけれど、オレ達はもう一緒に居る事が出来ないと誰よりも互いが知っていた。


何を言わなくても、何を言っても傷付くのを知っていた。だから、何も相談しなかった。


また今も、何かを考え込んでいるんだろうか。


また今も、その肩に何かのしかからせてるんだろうか。


「……イノ」


オレらしくもない、ちいさな声。


「覚えてる、J?」


イノランの言葉に、俺は顔を上げた。


イノランは穏やかな笑顔で、ずっと桜を見上げたまんまで――――何故か消えてしまいそうだった。


「みんなでお花見した事」


「あぁ…スギが酔っぱらって、帰りに隆乗せてるのに事故りかけた事だろ?」


「うん。あと、俺がスギちゃんに怒ったんだよね」


「そうそう。何でか、オレいまだに知らないんだけどさ」


くすくすとこぼれる笑いに、イノランは凄く懐かしそうに目を細めた。


「あの頃は…こんなの、思いもしなかったよね」


「思うわけないだろー」


イノが何を考えてるのか、読めなかった。


いつもと同じように読めたら、判っていたら良かったのに。


イノの考えが、桜から伝わってくれば良かったのに。


「ずっとね。言おうと思って、言ってなかった事があったんだ」


変わらない笑顔と、その首を傾げる癖と。


少し間延びした喋り方と、思ったよりもしっかりした声で。


何を言われるのかも判らない、イノランの言葉は。


桜に溶けるように、とても自然に。


































「好きだよ」


花びらが風に飛ばされて、オレとイノランの間に壁を作るように舞い落ちていた。


「好きだよ、J」


変わらない笑顔に、消えそうなくらい切ない表情をして。


「ごめんね。でも…好きなんだ」


































逃げるようにして、オレの前から消えた。






「……い・のっ…!?」


その手を掴めなかった。捕まえて、抱きしめる事が出来なかった。


オレもそうなんだと、答える事が出来なかった。


オレも好きなんだと、返せる事が出来なかった。


気がついた時にはもう、イノランはもう姿さえ見せてくれなくて。


まるで夢のようで。


































伝えたかった言葉さえ、伝えさせてはくれなかったイノラン。



次にいつ逢えるかもわからないで、アイツは消えた。



アイツが見つけてくれた夢を、忘れないでいたかった。



今度逢う時も、オレはオレのままで、アイツはアイツのままで。








今度逢う時は、離さない。



今度逢う時は、伝えたい。



「オレも好きだよ」



ただ、その言葉だけを。