第壱話。



sweet dreams

第一話 悪夢の始まり














「吏歌が戻ってくるって」


幼なじみの名前をいきなり告げる。


と、予想通り潤は持っていた弁当を取り落としかけた。


もう一人の俺の幼なじみの小野瀬潤は、目を丸くして俺を呆然と見ていた。


「潤、昼飯」


軽く睨んで言ってやれば、潤は慌てて体勢を立て直し、動揺した雰囲気でこっちを見た。


「ちょっ……吏歌? 吏歌って、あの吏歌だろ…マジ?」


「嘘でもなければだます気もないよ。俺になんの得があるじゃなし」


そう言ってやると、潤はしばらく黙ってしまった。


「そっか、吏歌が…」


と言ったきり。








昨日、俺が潤の家に寄ってから帰って郵便受けを見てみると、ひどく懐かしい字があった。


ロンドンに行ってもう何年も経つから、十代に入って一度も姿を見ていない彼女。


吏歌の印象と言えば、まるでお人形みたいに綺麗で少し控えめな女の子、だった。








「嬉しいだろ?」


からかいの声を交えて言えば、「うん」という妙に真剣な答えが返ってきた。








吏歌は潤がたぶん初めて好きになった相手で、ずっとずっと想い続けていた相手。


吏歌がロンドンに行っても、潤は彼女をひとりもつくろうとはせず、告白されても断り続けていた。


それなのに、俺が誘った時に断らなかったのは我慢の限界か一時の過ちって奴だね。








俺は手早く食べ終えたコンビニ弁当をビニール袋の中に突っ込んで立ち上がった。


「良かったな」


こん、と潤の頭に缶を軽くぶつけて、俺は屋上から離れた。潤の、俺を呼ぶ声が聞こえたような気もしたけど無視させていただく事にして。


今まで吏歌にもらった手紙を、一度も俺は潤に見せなかった。


それは俺なりのちょっとした抵抗でもあったし、あと潤の吏歌への気持ちが薄れないかと思ってやっていた。


でもそれは逆効果だったようで、潤はますます吏歌へ想いを寄せていた。もう俺は、潤の隣にも吏歌の隣にもいられない。


俺はゴミ箱へ弁当が入った袋をシュートで決めた。


なにも好きだったのは、潤だけじゃない。俺だってずっと潤が好きだった。


幼なじみだからずっと一緒に居て、俺はいつのまにか自分の事を『俺』と呼んでいたし、潤もなにも言わなかったから今さら直せなかった。


制服だって普通は女子のを着るんだけど、何となく男子のを着て登校したら皆に妙に評判だったからこのまんまで。


男に生まれてたら、今頃は吏歌の取り合いかな。


「井上、小野瀬はー?」


「上でまだ食べてるよ」


友達の小橋に声をかけられて、俺は返してやる。


と、小橋は珍しいななんて笑って俺に漫画を貸してくれた。潤に貸されるであろう前にそれを読み終える事にして、席に着いた。











吏歌は多分、潤に告白されてもそれを断らないと思う。絶対じゃないけど、でも多分断らない。


だからもう俺たちの関係は終わりなんだよ。『恋人』でもない、俺たちは。











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