第参話。



sweet dreams

第三話 幼なじみとの再会














バイトが終わっての帰り道で、俺は自分が帰りたがっていない事を自覚していた。


いつもなら疲れてるし、潤もいるしって事でソッコーで帰りたいんだけど。


帰りたいはずなんだけど、頭ではわかっていても心と体とがそれを裏切っていた。


理由なんてのは明らかだ。吏歌の存在。


吏歌が今日、潤に迎えられてあの部屋に潤と二人でいるからだとわかってるから。


吏歌が居て、嬉しくないわけじゃない。ただ、久しぶりに見る吏歌の隣に。


あの綺麗すぎるほど綺麗な彼女の隣に並ぶのは、どう見たって俺は引き立て役だから、嫌なだけだった。


「……どっか行きたいな」


なんて事を呟いてみるけど、聞いてる人なんて居るはずもなく。


とりあえず俺は、帰る方向を全く正反対の方に進んでいった。


こっちには川が流れているから、それを狙って。


お世辞にも綺麗とは言えない川だけど、今の俺には似合ってる気がした。


暗闇でその姿を現さない川に、俺はちょっと足先を浸けてみることにした。


「ばっかじゃないの…」


嘘吐きな、俺。


潤に遊ぼうと誘って、体だけの関係を持って。


これは遊びに過ぎないよって言って、初めてのくせに余裕たっぷりに振る舞って。


ごめんと謝られた時にも、吏歌の代わりなんだから平気だなんてうそぶいて。


吏歌に優しくしろなんて思ってもない事言って。


惨めになるのは自分だなんてわかってるくせに、潤のために演技してるだなんてさ。


まったく、なんて演技派なんだろうね、俺。アカデミー賞もらえるかもね。


そんな姿をもう何年も演じてるってのに、今更どの顔で「好きだ」なんて言える?


「イノ?」


聞き慣れた声にその方を向いてみると、なんの事はない学校の先輩で、親友の杉原 悠、通称悠ちゃんがそこでいた。


「イノちゃん…だよね?」


「あれ? 悠ちゃん」


「なにやってんの? まさか潤に閉め出し食らったとか言わないよね?」


そのまさかだったら多分悠ちゃん次潤に会った時殴るよね。


「まさか。ただ……俺が帰りたくないだけ」


男に言ったら殺し文句だよね、悠ちゃんと微笑って、すごく淋しくなった。


「悠ちゃんには前に言ったよね。吏歌のこと」


「ああ、うん。 それで?」


さすが悠ちゃん。俺の言わんとする事を聞いてくれた。


「帰って、来たんだ」


悠ちゃんは全部知ってる。潤が吏歌を好きな事。俺が潤を好きな事。


俺が潤とそういう関係で、でも恋人じゃないんだって事。


俺が、潤を誘ったんだって事、全部――――。


そしたら悠ちゃんは、泣いてくれた。


俺を抱きしめて、どうしてあんな奴あきらめないんだって言って、めちゃくちゃ泣いてくれた。


こんな方法しかないのかって言って。


「………さすがに俺も、帰って来たなら駄目だよね」


もう一緒にいる事なんて出来ないよね。


吏歌の事想ってるのわかってるから、なおさら。


「ねぇ、悠ちゃん」


あきらめるしか道はないよね?


そんな事を言った俺に、悠ちゃんは頭を撫でて、一言だけ言ってくれた。


「泊まってく?」


「ううん。……帰るよ」


そっか、と俺を離して、悠ちゃんは黙ってしまう。


俺が自転車に乗って、ペダルをこぎ出して。


振り返ったら、悠ちゃんはもう居なかった。


縋り付きたくなるのわかってくれてるから、悠ちゃんは帰ったんだ。


それでもなんでか帰りたくなくて、俺はコンビニで小さいペットボトルを買って近くの小さな公園のブランコに乗った。


こぎもしないで、ただうつむいて。


どれくらいそうしてたんだろう。


寒いなぁって思い出した時に、影があるのが見えた。


「清信!」


ガッとその両方の鎖を掴まれて、俺はびっくりして顔を上げようとした。


けど、出来なかった。その前にそのしなやかな両腕に包まれていたから。


「……潤…?」


「無事か? 無事だな? なんでちゃんと帰って来ねぇんだ、この馬鹿!」


凄い勢いでまくし立てられて、最後には馬鹿なんて言葉もセットなのに、その腕だけが優しくて。


抵抗しようと思えば出来る。払い除けようとすれば出来る力なのに、その気を失わせる優しさがこもっていた。


「なんでちゃんと帰って来ないんだよ。めちゃくちゃ心配したんだからな」


ふてくされた子供みたいに、潤はそれだけ言うとあとはなにも言わなかった。


だから俺も、ただ一言だけ返す事にした。よけいな言葉はいらないと判断したから。


「うん。……ごめん、潤」


恋人じゃないから優しくされたりなんかないし、幼なじみだから今までと同じ態度のまんまだし。


それでも抱かれる時の腕は妙に優しくてただでさえ俺には泣けてくるのに、こんな風にされたら……勘違いされてもしょうがないってもんだよ、潤?














「イノちゃん!」


帰った俺を迎えてくれたのは、絶世の美女ってこんなのだろうなと思わせる子だった。


綺麗な黒髪に黒い瞳。淡いピンクの唇に、透き通るような白い肌。


世界中の美人でも敵わないだろう、とびっきりの美少女で幼なじみの汐月吏歌――――その人だった。


その途端、あぁやっぱり俺悠ちゃんに会う前に水に入って死んどきゃ良かったなんて友達の久保琢郎並みに後ろ向きな考えが頭をよぎる。


「大丈夫?」


潤から聞いてたんだろう、吏歌は本当に心配そうな目で俺を見た。


だから俺も笑顔で肯いて。もう潤は、吏歌に言ったかな。ううん、言ってないんだろうな。帰って来てすぐだもんね。


「吏歌、制服どうすんの?」


何気なしに聞いてみると、吏歌はちょっと首を傾げた。これ、俺の癖だろ。


「買うまでは…前の学校の着るしかないよねと思ってるんだけど」


「じゃ、俺の着なよ」


「え? イノちゃんは?」


当然の問いに、俺は苦笑で返して肩を竦めた。


「こいつ制服、女の着てねぇんだよ」


代わりと言わんばかりに説明した潤の態度に、俺的にはあれ?と言うものだった。だって、あまりにも普通で。


最初は気恥ずかしいのか話さなかったのに、潤が口を開いた言葉はとても穏やかで、たとえば――――普通の友達?みたいに話してる。


「そうなの? でも」


「いいのいいの。だってちゃんと制服は着てんだから」


それがあるから、俺はどんな先生に文句を言われてもかわしていた。


だって私服で来てるならまだしも、制服ちゃんと着てるんだから良いじゃんって事で。


とりあえず今日はもう寝ようと切り上げて、俺は吏歌にベッドを譲った。


布団の方が俺は寝やすいし、潤は…まぁいつもソファで寝てるからいっか。


眠たさを押し殺して、俺はバスルームに向かった。











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