第四話。



sweet dreams

第四話 今在る幸せのままで。














翌日。春の麗らかさなんてものはどうでも良いとして、極度の眠たさに俺はダウンした。


窓際の一番後ろなんて「さぁ寝て下さい」って言ってるようなもんだよ。


吏歌は俺の前で、潤は俺の隣で。知り合いだらけに囲まれてる中、俺はたっぷりと熟睡した。


「しのー? 起きろ、こら。清信ってばよぉ」


潤の声だろうな。こんな呼び方すんのはお前しか居ないしねー…。


正直、俺の意識はまだまだ夢の中。


「イノ? ホラ、起きな?」


むくりを顔を上げると、慣れた悠ちゃんの顔がそこにはあった。


悠ちゃんはにっこりと微笑んでくれて、「ホラ昼飯」とビニール袋を差し出してくれた。


赤のピンが制服に付いてるから、だから悠ちゃんはこの教室には本来居ない人間。俺たちは青だから。


「あ。 ありあとー…」


舌の回らない状態で言うと、悠ちゃんは頭をくしゃくしゃと撫でた。


「で? この子が、吏歌ちゃん?」


どうして良いのかわからないのか、俺らの行動の一部始終を黙って見ていた吏歌に悠ちゃんはいきなり話を振った。


「うん、そう。綺麗でしょ?」


極上(むしろ極悪)の笑顔を俺が浮かべると、悠ちゃんも笑って自己紹介を吏歌にしていた。


「吏歌、悠ちゃんはね俺の先輩なんだ。だから、信用して良いよ?」


すると吏歌はこくんと肯いて、その素晴らしいほどの綺麗な笑顔を悠ちゃんに向けて「よろしくお願いします」と頭を下げた。


「しの。オレ、自販機行くけど」


「コーヒー」


「……了解。吏歌は?」


畳みかけるように俺が言うと、潤は苦笑して吏歌に振り返った。


「え、……」


返答に困ったのか吏歌は黙ってしまう。そりゃそうだ、いきなり自販機の中身までわかるはずはない。


「吏歌も行っておいでよ」


「うん、そうする」


「じゃあ潤、吏歌守れよ。馬鹿がくっついてくると思うから、俺の許可ありで吹っ飛ばして」


「了解」


潤が吏歌をまるで恋人のように気遣ってやってるように見えるのは、俺だけなんだろうか。


潤と吏歌が出て行った後、俺は人知れず溜息をついていた。


「……お前も苦労人だね」


「アカデミー賞もんでしょ、俺?」


にっこりと笑顔で言うと、悠ちゃんは苦笑しながら持ってきたコンビニ弁当のラップをはがし始めた。


「綺麗な子だね」


「うん」


吏歌の事はたぶん誰よりも俺が誇らしく思ってるし、誰よりも綺麗だって事も認めてる。


なのに自己嫌悪が沸いてくるから、ばっかじゃないのって思うのはしょうがない。


吏歌の事も嫌いになれないんだから、どうしようもない。


「お前ほど友達の事考えてる奴もいないよ」


悠ちゃんはそう言うと、軽く俺の頭を撫でてくれた。





凄く泣きたくなったんだけど、ここで泣いたりしたらあとで潤に訊かれそうだから必死で我慢した。


潤に抱かれてる時なら、潤に抱かれてしまえば。すべての事がうやむやに出来る。


何も考えなくてすむから、あいつに抱かれるのは好き。あの時だけは、何もかも忘れられるから。





「……潤とさぁ」


「ん?」


昼飯もそこそこに、ぽつりと呟いた俺に悠ちゃんは軽く首を傾げてきた。


「潤と居る時の俺、どんな表情してんの?」


「……小野瀬と居る時?」


お菓子を持って来てくれたテルとタクローが、俺の言葉に疑問を抱いたようだった。


この二人も、俺たちの関係を知ってる。


テルはあえてなにも言わないでくれたし、タクローは泣きそうな顔で俺を抱きしめてくれた。


タクローはお兄ちゃんみたいな存在だって感じてるから、それが嬉しくて思わず泣きそうになったんだけど。


「俺には普通のカップルに見えてたけどね」


テルがぽつんと呟く。


普通、って言うのは要するに仲が良くてそれなりに幸せで…って意味なんだろう。


タクローは黙り込んでしまっていた。




















「愛人みたい」


悠ちゃんがふと呟く。


「……え?」


「穏やかで、幸せそうで。でも、なにも望んでない感じ」


言い当てられて、俺はなんでだか泣きたくなった。
































なにも望んではなかった。あえて望むなら、今のこの幸せを取られたくなかった。


誰にも奪われたくはなかった。





























「愛人みたいだよ」


「………うん」


「イノ、お前……」


タクローが俺に何かを言おうとする。


けれど俺は、それを横に首を振る事で言葉を打ち消させた。テルもタクローも、悠ちゃんだって吏歌だって大切。


でも俺には、誰よりも大切なあいつがいるんだ。


「いいの。……あいつが望むなら、いいの」


「でも!」


「……いいんだよ、タクロー」


いつもは呼ばない名前で呼んで、俺はそっとテルに目で謝る。


と、テルもちょっと微笑んで肯いてくれて。納得いかないってのはわかる。俺だって、もし友達がしてたらそんなのやめろよって言うと思う。


でも、俺は。 俺は、平気だから。


「俺は大丈夫。あいつが笑ってくれるなら、大丈夫だよ」


嘘偽りのない、たったひとつの真実。それ以外は望まない。


もう、叶えられないものだから――――潤の傍には、いつか居られなくなるから。


だからせめて、今だけは。


「ご飯、食べよっか」


その声に顔を上げると、テルが笑ってくれていた。


同じ年齢のくせにその大人びたような笑顔が小憎らしくて、俺は笑ってしまった。それにみんなも、同じように笑ってくれて。


みんなでいつもの騒がしい弁当タイムに突入していった。


「おっせーぞ、小野瀬ぇ」


気づいた悠ちゃんが潤と、その後ろに隠れるようにして(ただ実際には潤が馬鹿デカいってだけなんだけど)一緒に歩いてきた吏歌に声をかける。


「並びまくってんだよ。吏歌は吏歌で3年にとっ捕まりかけるし」


「死守したんだろうな」


「当たり前。ホラ、コーヒー」


「ご苦労」


受け取って即座にカシュッとあけて、喉に流し込む。やっぱ俺コーヒー好きだなー。


吏歌はミルクティを買ってきたみたいで、同じように開けて飲んでいた。


「そうだ、吏歌。テル……小橋なんだけど」


説明し忘れを補足する為に、俺は吏歌に話しかける。


「小橋、俺と同じだから」


一見男と見間違うような、そんな容姿を持ってるわけじゃない。


むしろ可愛い方で、最初は人見知りもするらしいけど、慣れちゃえば凄くいい奴だから人気はハンパなもんじゃない。


ただなんで俺と同じ恰好なのかと言えば。


俺がしてきたら凄く羨ましそうに「いいなぁ」って呟いてて、「俺もしていい?」って訊かれてもちろんと答えたらこれまた同じように男装で来たってわけだ。


それを説明したら、吏歌は凄く驚いたのかテルをじっと見つめていた。まぁ、違和感ないらしいもんね俺たち。


「テル、って名前だしこの性格だしで…結構勘違いされるんだけど。実際は凄く可愛いよ」


にっこり笑顔で言ってやると、テルは頬をふくらませた。「可愛い」ってのが気に入らなかったんだろう。


いつもと変わらないはずなのに、凄く辛かった。ここでこうやっているのさえも辛かった。





おかしいな……吏歌が、帰って来て嬉しいはずなのにね。














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