第伍話。



sweet dreams

第五話 本心と、願い














吏歌が帰って来てから、一週間が経った。


いつも変わらないはずなんだけど、気持ち悪いってのは妙に続いてて。


妊娠とかの心配はないはずだし、体調的に安定してないってのもないはずだし。


「で、お前らはどういう関係なんだ?」


悠ちゃん、テル、タクロー、俺とこの4人で円陣を組むようにして座ってるんだけど、いきなりテルが言い出した。


え? と首を傾げると、具体的な事は何も話されてない、と切り返しを食らって。














ああ、そうだね。なんにも話してなかったね。そういう関係になった理由も、なにもかも。














「……いつ、そう言う関係になったの?」


「1年前、かな。吏歌から、俺宛に手紙が来たんだ。『1年後には帰れるから』って」


もともと幼なじみだったからというのと、互いの性格を熟知されているために両方の両親からの快諾を受けて潤と一緒に暮らし始めていた俺。


吏歌が帰って来るってわかって、凄く怖くなったのを今でも憶えてる。


吏歌が嫌いなんじゃなくて、ただ俺が潤の事を好きなんだってわかった時から。


それから、どこかで吏歌の帰りを望まない俺が居るのも確かだった。


ずっと吏歌の帰りを待っている潤が、凄く憎かったのもこの時。


どうしてこんなに傍に居るのに、俺の事にはまったく気づかないんだろうって思った。


どうしてこんなに想ってるのに、俺の方には向いてくれないんだろう…どうして『吏歌』なんだろうって。


「正直、殺したくなったよ」


俺の乾いた笑いが、部屋に響いた。


そんな事出来ないのわかってたから、俺は潤を誘った。


たった一晩でも抱かれたなら、潤には遊びでも、俺の心の拠り所にはなる。遊びなんだよって、酔った勢いでいいから、抱いて欲しかった。


初めてだったから、初めての相手が潤ならこれ以上幸せな事はないんだって思えたから。


だから誘った。もう限界だろ?って、他の女に走るくらいなら俺を抱けばいいじゃんって。


思い切り二人で飲んで、もう駄目かなって思ったくらいの時に。


潤がどうされたらグラッと来るのかなんてわかんないけど、俺の出来る限りで誘惑した。


吏歌への裏切りにはならないんだ――――ただの遊びなんだって言って俺はそれを叶えた。


どんなカタチでも、俺の支えにはなってくれるから。


翌朝、どうしようもないくらいの幸福感と虚無感を同時に味わった。


抱かれたけど、潤は俺のものじゃないんだなんてのが辛かった。


俺がちゃんとしないと、たぶんそのまま成り行きで付き合ってしまう事になるから、甘えそうになる自分を必死で叱咤して。


馬鹿みたいに滑稽に踊る自分が、ほんとに馬鹿みたいで情けなくて。


潤なんか、って切り捨てられたらカッコ良いのにね。


「だから俺たち、一度もキスなんかした事ないよ」


言い終わって、俺は真実を告げた。俺たちは一度もキスした事ない。


潤はどうか知らないけど、俺はファーストキスさえもまだなんだから。


「なんで?」


テルが、ほんとに小さな声で呟いた。


「なんでそんな事出来るの?」


俺だったら出来ないよ、と泣かないように必死で堪えているテルに、俺は微笑んでやった。


「潤が好きだからね」


「答えになってないよ。じゃ、なんでキスしないの」


「キスしちゃったら、錯覚しそうだからね」


「だからなんで」


「愛されてるんだって、自惚れちゃいそうだからね」


これはほんと。


だから俺は、その唇には触れないようにしてきた。


抱きしめられても、抱かれたりしても、唇にだけは触れない。


キスなんて、しない。キスなんか、させてやらない。


「それでも俺は潤が好きだし、潤は吏歌のことが好きなんだよ」


自分にも言い聞かせるみたいで、辛かった。


でも多分どっかで、吏歌の事が好きな潤が好きなんじゃないかな、とまるで他人事のように呟いて。


「タクロー」


涙を必死に溜め込んでるテルの隣にいて、じっと俺を見ていたタクローに声をかける。


「お願い。テルだけは、大切にしてあげて?」


俺の大切な友達なんだから。テルの存在で救われたものも多かったから。


俺は絶対に二人みたいにはなれないから、せめて周りにいるみんなは。


「………幸せに、なって欲しいんだ」


潤も、吏歌も、悠ちゃんも、テルも、タクローも。みんな幸せになって欲しいって言うのは我侭かな。


でも、どうかみんなには本当に幸せになってもらいたいんだ。


「誰にもこんな思いはさせたくないから」


ほんとにね。好きな人と触れ合えるけど、表面だけなんて。


願わくば、あいつが幸せになれるように。そのために俺が犠牲になるなら安いもんだよ。


「イノ」


悠ちゃんの方を向いた。


「泣いていいんだよ?」


たぶん、心からの安堵感があったんだと思う。


潤の前では泣かない。潤に涙なんか見せない。


どんなにかわいくないと言われても、あいつの前じゃ絶対に泣かない。


そんな意地があった。吏歌と比べられるのが怖かったから、吏歌に劣るのはわかっていたから。


潤の前では『清信』を演じきってやるよ。


お前にとって都合のいい、『清信』を演じてやる。





























“大丈夫だよ、俺は”





























その一言が出なかった。笑っているはずなのに、涙が止まらなかった。


そっとタクローが抱きしめてくれるのがわかった。


テルに悪いな、と思ったけど、俺にはもう抑えるのは無理だった。


どうして「俺」じゃだめなんだよ。どうして吏歌じゃないとだめなんだよ。





ねぇ、潤?





――――どうして俺はお前じゃなきゃだめで、どうしてお前は俺じゃだめなんだろうね。












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