sweet dreams 第六話 偽りの笑顔 「お前が、ずっと好きだった」 夢。 そう、夢だった。 都合のいい、自分の中の世界。本人の気持ちなんか知らなくても、どんなにねじ曲げて設定しても誰にも何も言われない、都合のいい幻想。 自分はそんなものを見たんだと自覚する頃には、馬鹿みたい、と自嘲した。 愛なんてない関係を望んだのは俺。 そんなものがなくても、ただお前にならすべてをやってもいいと思って始めた関係。 どんな言葉も、どんな想いも通じない関係。わかってて、割り切ってたはずなのに、俺の目にはわずかな涙の痕があった。 いつも通りにシャワー浴びて着替えて、朝食も摂らずに家を出ていった。 ただしいつもと違うのは、俺が向かったのは学校じゃなかった。 離れたい、と願ったから、俺はあの家を出ることにした。とんとん拍子に手続きが済んで、こんなに簡単でいいのかと思わず疑うような家探しだった。 帰り際には、これから昼だというのを忘れそうだった。 「ガッコ、行こうかな」 ――――退学しに。 これらはすべて俺の独断で、親には一応報告した。 吏歌とも潤ともあまり接触しなかったし、ずっとやってたバイトもいつもより多くやってた。 さすがに退学のことは両親に言ってないけど、家は許可してもらったし。 ずっと傍で居たいと願ったのは俺だけど、未来を想像できるのに傍にいたいとは思わないから。 家の鍵を差し込んで回して、その誰もいない今までの家に入った。 今日、潤たちが学校から帰って来たら俺の荷物はもうない。 こんなにも離れがたいのに、どうしても逃げ出したい。これ以上傍に居たくないのも本音。 制服に袖を通して、ずっと鞄の中に入りっぱなしだった退学届を確認して。たいした荷物を持たないで、俺は家を出た。 もう二度とここには戻って来ない。それくらいの思いはある。 ぼんやりといろんな考えが渦巻いてる間に、いつの間にか学校に着いていた。 授業中の静かな時間にてこてこ職員室に向かって、ドアを開けて驚いてる先生たちを放っといて校長室に入った。 「失礼します」 高校辞めても、別に大丈夫。潤と一緒に居なくても、大丈夫だよ。 ただそれだけの思いを込めて、校長に退学届けを差し出した。 大丈夫。 もう、潤は俺を必要としてない。 俺なんか居なくても、潤は吏歌が居るから大丈夫。 「清信」 聞き慣れた潤の声。なによりも俺が大好きな声。潤以外、誰も持っていない声。 顔を上げたら、やっぱり潤がそこにいて。痛いくらいに俺を見つめてくる目が、悲しかった。 「潤」 あ、もうバレちゃったかな。うん、この顔はバレたね。 「学校、辞めんのか」 「そのつもり。……今、校長先生に出してきたし」 なんでそんなに優しいの? なんで俺なんか気にかけるんだよ。 お前には、吏歌が居るじゃん。 「家も出るよ」 「なっ…!」 すれ違いざまに、急に潤に腕を掴まれた。 力が強いから、すごく痛い。でもその痛みさえもが、潤を感じさせてくれるようで、自分が怖かった。 「なんでだよ!? なんで家まで……!!」 「…………いたいよ、潤」 傍に居たいよ。腕なんか掴んでないで、思い切り抱きしめてよ。 俺が壊れそうなくらい、抱きしめてよ。めちゃくちゃにしてくれていいから、離さないで――――。 ……あーあ。こんなに嘘つきなんだから、俺間違いなく地獄に行くね。 「別に、俺居なくても平気でしょ? 吏歌が居るんだし……それに」 言いたくない。夢を見ていたい。でも。 夢はいつか覚めるものなんだね、潤? 「俺たち、恋人じゃないよ。 そんな関係じゃないじゃない?」 ねぇ、誰か助けて。こんな終わり方なら、夢なんか見せないでよ。 「じゃ住所――――」 「教えてあげない。なーんてね、秘密」 「なんでだよ」 「知ってる意味ないじゃん。しばらくは、学校で会えるんだしさ」 笑顔で振る舞える俺が居る。もっと素直になればいいのに、なれない俺が居る。 ねぇ、誰か助けて。俺はこんなにも怖がってるのに。こんなにも、触れたがってるのに。 「じゃね」 潤に軽く手を振ると、俺はそのまま背を向けた。 このままずっと潤の傍にいたら、泣き叫びそうだから。お前に甘えてしまいそうだから。 好きだよ。いままでも、これからも。 たぶんこの先一生、お前以外誰も見れないよ。
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