第七話。



sweet dreams

第七話 最初で最後の恋














「隆ちゃん」


俺は新しい家に戻ると、その入り口に吏歌みたいに綺麗な黒髪をした男が座っているのを見た。


一目で悠ちゃんの恋人の――――本名・河村隆一である事に気づいた。


「おかえり」


「何やってんの。ストーカーっぽいよ?」


笑いながら隆ちゃんの頭上で鍵を開けて、ほらどいて、と促す。そしてそのまま新居の中に入った。


「ストーカーするなら悠ちゃんしますって」


「するなよ。で、何でここにいんの?」


ここがなんでわかったの、なんて訊いたって無駄。


その理由は、何かといろんな情報に詳しい隆ちゃんに「部屋が欲しいんだけど」って相談したのは俺で。


勧めたのは悠ちゃんなんだけど…普通は彼氏と友達が会うのは嫌がるってのが多いんだけど。


この行動ひとつでどれだけ悠ちゃんと隆ちゃんが信頼し合ってるかわかる。


で、隆ちゃんの部屋は俺の部屋の前。


「入居祝いっての? やんない?」


隆ちゃんはそう言って、さほど強くない酒を勧めてきた。


かたやめちゃくちゃ強い(って言われただけ)と、かたやさほど強くない(って思ってるだけでほんとは強い)二人が揃って、カシュッと勢いよく開ける。


「ほんっと…信頼されてるよね」


半ば呆れたみたいに俺が呟くと、隆ちゃんは、ん?って具合に首を傾げてきた。


「だってそうでなきゃ、普通友達とは言え女のトコになんかやさないよ。悠ちゃんでしょ?」


「あ、ばれた?」


ちょっと楽しそうに、照れたように微笑う隆ちゃんは相変わらず可愛らしい。


「俺がイノちゃんに絶対に手出さないって、ちゃぁんとわかってくれてるからね」


隆ちゃんは缶ビールを少し飲みながらも、ちょっとはにかんだように微笑って呟いた。


「…でも、あきらめないんだ?」


「そりゃあ…そうですよ?」


あきらめないよ。あきらめたら、終わってしまうから。


俺が手を離したら、潤はもう傍には来てくれない。来てくれないから、俺が行くしかないんだ。


「隆ちゃん」


「ん」


「どうしたら、いいかな?」


「イノちゃんは……俺が言ったって、そうする気はないでしょ?」


まぁね、と返すと、隆ちゃんは空を見たまま黙ってしまった。


「いっそ殺す?」


隆ちゃんの冗談に、なんでだか救われた感じがした。


「完全犯罪しなきゃね」


「高飛び…」


「どこに逃げる気だよ」


「イスラエルで永住します」


隆ちゃんは悠ちゃんと同じで、すごく楽だ。悠ちゃんの恋人って事もあるから何でも話せるし、悠ちゃんと違う言葉が聞ける。


男の意見を聞きたい時とかには、隆ちゃんはすごくちゃんと答えてくれる。


「隆ちゃんさ、すっげぇモテるよね?」


「本人に訊いてもモテる度合いはわかんないよ」


苦笑いで返されて、俺はそれもそうだ、とは思った。けど深く追求もせず、続けさせて頂く事にして。


「どうして浮気とかしないの?」


浮気する側の言葉は前に聞いた。そして、同じ質問をタクローにもした。


タクローは穏やかな笑顔で、俺にまるで諭すように教えてくれた。『テル以外は欲しくないからね』と。


「んー…」


最近覚え始めた煙草を口にくわえてそれを弄びながら、隆ちゃんは考えていた。


「……悠ちゃんさ」


ぽつりと、呟き始める。これが俺たちが似ている、と悠ちゃんに言われた行動。


「俺のこと好きなんだよ。自惚れでも、何でもなくね」


「うん」


それは見てるだけでわかる。テルとタクローは、互いが互いを補ってる感じがするけど。


この二人は、悠ちゃんが隆ちゃんを失ったら生きていけなくなりそうな印象を受けるくらい、悠ちゃんが隆ちゃんに依存してるのがわかる。


誰かに隆ちゃんを奪われでもしたら、そいつを殺しに行ってもおかしくないくらい。


そして隆ちゃんは、ともすれば重すぎるその愛を平然と受け止めてる。


余裕とも取れる隆ちゃんだけど、誰よりも悠ちゃんを気に掛けていて、悠ちゃんが悩んだりしてると速攻で聞きに行ったりしてるらしい。


「だから離さない。――――離したくない」


「悠ちゃん以外は、欲しくない?」


タクローが教えてくれた言葉に、隆ちゃんは少し黙って考えた。


「それとは違うかな…多分、悠ちゃんが俺に依存してるみたいに、俺も悠ちゃんに依存してるんだよ。悠ちゃんが俺を好きでいてくれることが嬉しい。


 普通なら鬱陶しいとか思うだろうけど、悠ちゃんが誰かを見てるのなんて駄目だからね。そいつに嫉妬して、駄目になるよ」


変な言い方だけど、と隆ちゃんは置いて。


「俺にとっても悠ちゃんにとっても、最後の恋になるよう祈ってる」


「最後の…恋?」


最後の恋なんて、もう来てもいいのかな。


でも俺は、これが最後の恋になればいいと思う。


一世一代の、最初で最後の恋でいい。あいつ以上に、誰も好きになれる人はいないと思うから。


「悠ちゃんはすごく綺麗だから、俺が傍に居るのは駄目だって思った時期があったんだ。俺なんか傍に居ても、悠ちゃんとは釣り合わないんだって」


悠ちゃんはすごく綺麗。派手な恰好をしてなくったって、めちゃくちゃに綺麗な事を知ってる。


何気にスタイルも良いし、背が高くて細いのに痩せすぎてもいないし。下手な人間が隣に並んでも釣り合わないのはわかってる。


だから、隆ちゃんが好きだと言った悠ちゃんに俺は太鼓判を押して薦めた。


隆ちゃんは同じクラスの、めちゃくちゃカッコ良くて性格も良い奴だって印象しかなかった。


でもバンドとかギターとか、音楽の話してる時に本当の“河村隆一”を見た気がした。


それを追求したら、隆ちゃんは本当の“河村隆一”で何だかんだ話すようになった。


でも俺たちは、互いに秘密を持つのが好きだという事が共通してわかっていたから、ひとつふたつは秘密を持っている。


俺は悠ちゃんの気持ちを知って、隆ちゃんもそんなにはっきりと拒否を見せなくて。


じゃ、そういう事でって感じに付き合いだしてからはかなりうまくいってるようで。


「今は悠ちゃんが居ないと思うの、避けてるくらいだから」


あの難攻不落の河村隆一にここまで言わせられるのは悠ちゃんだけだと思う。


「ふーん…ゴチソウサマ」


ちょっと冷めたように俺が言うと、隆ちゃんは笑った。


「隆が傍に居るだけで嬉しいはずなのに、付き合うと思わなくなっちゃうんだね」って悠ちゃんは以前、俺に漏らした。


一緒に居る間はそう思えないで、隆ちゃんが傍から離れると思い出す。悲しい事だねって悠ちゃんは言って。


俺の周りにはいわゆる『恋人同士』はいっぱい居る。彼らの幸せはすごく重く感じるのに、自分の事になるとそんなに重くは響かない。


だから俺は、それこそ悲しいから、潤のほんのちょっとした小さな事でも逃さないようにしてる。














俺には潤との未来なんて見えなくて、潤の傍に居る光景さえも見えなくて。


何もかもを手放したとして、それでも手の中に残るものは潤の傍に居られた想い出だけ。
































そう、それだけでいいよ。潤に期待なんてしてないから。


お前が幸せで、俺以外の誰の隣で居ても、お前が笑っててくれたらいい。


お前がその誰かの為に、俺の前で泣いてさえなければ。俺にその姿を見せないならいいよ。











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