sweet dreams 第九話 2人の矛盾 「ん…っ……」 「清信…起きたか?」 妙に淋しくて目をうっすらと開けると、そこには背中を向けていただろう姿の潤がこっちを見ていた。 「大丈夫か」 「うん…」 何度も体験したこの気怠さは、何度訪れようと慣れる事はない。 優しく髪を撫でてくる手に、例えようもない優しさを感じて泣きたくなった。 暖かくて、とても強くて。何よりも俺を安心させてくれるこの手を、二度と離したくなかったんだ。 本当はその手を離さないで欲しかったんだ。 「今日…さ」 ぽつりと潤が呟く。俺はぼんやりと潤を見つめていた。 「なんか、考え事してた?」 「…別に」 素っ気なくて、なんて可愛くない返事。 それでも潤は、優しく髪を撫でてくれていた。 「まぁいいけどさ」 すでにジーンズを穿いてた潤は、上にシャツを羽織った。 帰るの? とは言えなかった。 引き留めたら、お前は優しいから、きっと俺の望み通りにそこでいてくれるだろうけど、引き留められる立場じゃないってわかってた。 何か着ようと思ってきょろきょろしていると、潤は苦笑して俺に拾ったシャツを渡してくれた。 着てみると、この間着て置いてた大きめのシャツだと気づいた。 潤が着たら少し小さめで、俺が着たらかなり大きいそのシャツは俺と奴の体格差をまざまざと表していた。 そのシャツだけを着て、潤の近くまで歩いていく。その間に、何度か眩暈がした。 「清信、ほんとに大丈夫か?」 「ん、平気…」 無理してるのはわかってるのに、それを押し込んで俺は潤に微笑みかけた。 すると、潤は優しく俺を抱きしめてくれて。額に頬に、胸に。果ては手首にまでそっと口吻けた。 何がなんだかわからないままでされるがままになっていると、潤は目蓋にまで優しいキスをくれた。 シャツ一枚だけを羽織ってるだけで、他には何も着てないからもしかしたら、って思った。 でも潤はちょっと黙っちゃって、俺はそれに軽く首を傾げた。 すると、いきなり唇が重ねられた。 潤にキスさせなかったのは、他に好きな奴が居るのにキスさせるなんて悔しかったから。 他の誰かに触れた唇で、他の誰かを思い出させながらなんて絶対に嫌だったから。 潤もそれは知ってるはずなんだ。 だって前、そんな恋愛論みたいなの話してて、そこが一致したから。 最初は、優しい触れるだけのキス。 その次は、まるで唇に噛み付かれるみたいな、凄く激しいキス。 それが終わっても、何度も何度も潤は俺にキスをした。 何年間も逢えてなくて、ようやく出逢えた恋人たちのように。 まるで、映画かドラマを見ているように。 ようやく離された時には、俺は立っていられなくて、しどけなく潤にもたれかかるようにして抱きしめられていた。 「潤…?」 返答は、ない。ただ強く抱きしめられるだけで、言葉は何もなかった。 「ねぇ、じゅ…ッん……!」 ふと顔を上げると、また同じようなキスをされた。 まるで俺に何も言わせないように。 まるで俺に問いかけられるのを怖がる子供みたいに。 言葉を、封じ込めるように。 この時が止まればいいなんて、今初めて実感してしまった。 そのまま潤の手が俺の体に伸びてきて、俺はまた繰り返されるコトを思い浮かべていた。 でも、潤はくしゃっと髪を撫でると無言で立ち去ってしまって。 ……ねぇ、なんでキスなんてするの? ねぇ、自惚れるのも大概にしなよ。 お前、俺にちょっと照れながら「吏歌の事が好きなんだ」って言ってたじゃん。 俺たちが一緒にいるのは間違いだって、俺に教えたのお前じゃん。 吏歌に触れたんだろ? 吏歌を、抱けないからなんだろ? だから俺を抱きに来たんでしょ? 「なのにっ……」 遅すぎる涙がこぼれた。 本当は、潤の前で泣くはずの為のものだったのに。 本当なら、これはあってはならないはずなのに。 「なんでキスなんてするんだよぉ…っ……!」 声にならない悲鳴。声になれない科白。聞かせちゃいけない言葉。 ねぇ、潤には聞こえないのに。 「潤…っ……」 傍には居てくれないなら、残酷なことしないでよ。 傍には居てくれないなら、希望を持たせないでよ。 そんなに俺が狼狽えてるの楽しい? そんなに俺をからかって楽しい? 好きでどうしようもなくて、それでも悔しくて離れたんだよ。 お前から離れたくないのに、お前から離れたくなんかないのに離れたんだよ? なんでそういう事するわけ? なんで俺にそういう事するんだよ。 愛してなんかくれないくせに。 そんな言葉一度もくれないくせに。 ねぇ。こんな事くらいするなら、下手に気を持たせるくらいなら。 誰にも見せられないくらい奥深くまで連れて行って、俺を飼い殺しにすればいいのに。
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