第十二話。



sweet dreams

第十二話 突然の悲劇














遊ぶ暇なんか全然無いまま、俺はバイトに明け暮れていた。


ずっと続けていた楽器屋のバイトに加えて、パブみたいな場所にも、コンビニにも手を出して。


そんなに金に困ってるわけじゃない。


行き急ぐみたいにしないと、潤の事ばかりが頭の中をよぎるから。


吏歌、テル、タクロー、悠ちゃん、隆ちゃんは俺のバイト先や家にたまに遊びに来てくれる。そしていろんな事を教えてくれる。


でも、潤だけは俺に姿を見せようとはしなかった。


別に淋しいわけじゃない。忘れる為には、必要だった。


あいつを忘れられるなら、本当に安心出来るはず。


あいつを忘れる為なら、今ならなんだって出来る。


「しのちゃん、お客さんだよー」


「はーい、今行きますー!」


バイト仲間の先輩、恵美さんに呼ばれたから俺は慌てて出て行った。


ウエイターの恰好だけど、この際気にしてはいなかった。


ウエイトレス姿は嫌で、表に出るのも嫌だったからこれだったんだけど。


「そこのウラにいるから」


「はい。すみません、あとお願いします」


「はいはい。彼氏?」


「そんなの居ませんって」


隆ちゃんは悠ちゃんのなんだから、そんなの言っちゃ駄目だって言ってるのに。


相変わらずの反応に、俺は笑って返しながら裏戸を開けた。


「だれー?」





























瞬間、心臓が止まるかと思った。


どうしてここにいるのかなんて、聞けなかった。





























「……じゅ…ん………」














相変わらずのヒヨコ頭のボサボサな短髪に、馬鹿デカい身長に。


忘れるはずのない瞳に、デカい手に。














「……よぉ」














ちょっと照れたように、ぶっきらぼうに潤は軽く手を挙げた。





























それだけで、逢いたくてしょうがなかった自分に気付かされた。


それだけで、好きで好きでどうしようもない自分を思い知らされた。














やっぱり好きなんだ。離れたくなんかないんだ。


そのデカい手も、その悪人ヅラも、その痩せてるくせにしっかりしてる腕も、残酷なまでの優しさも、何もかも、誰にも渡したくなんかないんだ。





























「……何しに来たの?」


「ん、元気かなって。痩せたなぁ、相変わらず軽そう」


くしゃくしゃと混ぜ返される髪には気にも留めない。


ただそれだけでここに来たんじゃないんでしょ?


結果のわかってる言葉を、渡しに来たんだね。


俺は俺で居たい。誰にも俺を崩させたくはない。このままで、誰にも中に入らせないままで居たい。


俺さえ居なかったら、お前は自由なのに。どうしてここまで追って来たんだよ。


これ以上、俺を傷つけたい?





























「………お前が居ないの、怖い」





























え? と顔を上げると、しばらく見ていなかった、泣き出しそうな顔がそこにあって。


「潤…?」


「好きか嫌いかなんてわかんないけど、お前が居ないの……駄目だ」


ぽつりと呟かれて、俺はどうしたら良いのかわからなくて、…潤に何をしてやれるのかなんてわからなくて、首を傾げていた。














「お前が居ないと、何もかもが怖い」














……ねぇ、期待しないよ? 期待したって何もないのはわかってるから。














「……潤」


「吏歌じゃ、駄目なんだ」


「潤」


「吏歌じゃ、お前が居る時みたいには出来ないんだ」


「潤!」


俺は、無理矢理潤の言葉を打ち切った。


「俺に縋るな! ……俺に、甘えんな」


「……清信」


「お前はそんな情けない奴じゃないだろ? 俺に縋って生きてくような、そんな奴じゃないはずだろ?


 お前は…っ……お前は吏歌じゃないと駄目なはずだろ!!」


そうじゃないと駄目。そうじゃないと、俺が離れた意味はない。


『吏歌じゃないと駄目』な潤でないと、俺はどうしたらいいのかわからないから。


潤は吏歌のものなんだってわかってたから、だから自分の気持ちなんて全部殺してきた。


だから、お前は吏歌のものじゃないと俺は駄目なんだ。


「俺に期待持たせんなよ!! 確信持てないんだから、これ以上俺を引っかき回すな!」


潤を突き飛ばして、俺は店とは逆の方向に逃げた。


これ以上、潤の前に弱い姿をさらけ出したくなかった。潤の前で泣きたくなかった。


潤の為にこれ以上、泣きたくなかった。あいつの為なんかに、あいつの前でなんか。














「清信!」


振り返れば、街の明かりに照らされて綺麗に輝いてる金髪が目に入ってきた。


「オレにどう言えってんだよ! お前、逃げるじゃねぇか!!」


潤は、怒鳴っていた。





























怖い、って形容されやすいんだから怒るのやめたら?


昔、そんな勧めをしたら、潤はそんなの嫌だと言った。


ありのままのオレを見て、それで怖いってんなら近寄るな。


――――そう言い放った潤に、俺はやっぱり好きだな、なんて思い知っていた。


それでも、オレはそう言い放った潤がとてもカッコ良くて、とても大好きで。





 ……そう、あいつに微笑ったんだ。





























「オレが言おうとしたら、お前逃げるじゃねぇか! オレの話も聞けよ、一人で解決すんな!!」


だって、聞いたら駄目なんだ。聞いたってなんにもならない。お前の話、聞いてたいけど聞けない。


「黙んなよ! オレに、言えばいいじゃねぇか、諦めんなよ!!」


「…俺だって…お前の話聞きたいよ! なんでも聞きたいし、なんにも隠したくない!」


同じように怒鳴り返していた。近づくのを嫌がるかの様に、お互いにそこから動けなかった。


「でも! お前の話、聞きたくないんだよ!! お前の傍に居たくないんだよ!」


「なっ……なんでだよ!」


「……っ…これ以上、お前の事で傷つきたくないんだよ!!」


言い放った瞬間、潤がこっちに走り出したから。


俺は殴られるんじゃないかと思った。


殴られないでも、このまま通り過ぎてもう二度と潤に触れる事なんか叶わなくなるんじゃないかって。





























 でも。














 潤に抱き込まれて、その後には全身にぬくもりと痛みとが襲っていた。





























 もう二度と、潤に触れられなくても














 もう二度と、潤の傍にいられなくても














 今のこの瞬間だけは、離れたくない。





 今のこの瞬間だけは、離さないで欲しい。





























 目を閉じたままで、妙な暖かさを感じたままで。


 俺の意識はそこで途切れた。











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