sweet dreams 第十四話 もう、泣かないでいいように。 目を閉じた姿が、とても痛々しかった。 俺自身の怪我はそんなに大した事じゃなくて、体が痛むってくらいだった。 けれど、潤は。俺を庇って轢かれた潤は、そんな簡単なものじゃ済まなくて。 頭に包帯を巻いていて、腕にも同じように巻いていて。でも折れたりはしてなくて、掠り傷だけだ、って先生も言ってくれた。 俺たちは強運の持ち主だと微笑って。 そして俺は先生から潤の容態を聞いたあと潤の病室で、潤の傍に居たいと思った。 嘘でも何でもない、俺自身が選んで、潤の傍に。ただ傍に居たい。 吏歌が言った様に、潤が目を覚ました時には一番近くに居られる様に。俺は潤の傍で居たいと願った。 さらりとその金色の髪に触れて、そっと撫でる。 潤が寝ている時にだけ、体を重ねたあと、俺が寝たと思って無防備にその姿を晒す潤にだけしていた行為。 髪に触れて、髪を撫でて。そっと髪に口付ける。 「愛してる」なんて、心の中でなら何度だって思ってきた。 絶対に気付かれない様に、ふとした瞬間でも、いつでも思ってきた。 でもこれからは。 潤が、俺を好きだと言った。 悠ちゃんの言った言葉がほんとだとしたら、潤は俺の事が好きなんだ。 俺が潤を求めていた様に、潤も俺を求めてくれていたんだ。 それを確かめないと、俺に先はないんだ。 「……潤」 ぽつりと、いつだっていつでも口に出してきた名前を呼ぶ。 誰よりも愛しい響きと想いを響かせて。 「潤」 俺の事が好きだったら。俺をほんとに捕まえたかったら。 ねぇ、目を覚ましてよ。俺を思いきり抱きしめててよ。 「ねぇ、潤…愛してる。もう、逃げないから。ねぇ、だから……」 涙がいつの間にかあふれていて、ぽつりと潤の唇に落ちる。 すると、かすかに潤の唇が開く。そっとその乾いた唇を指先で触れてみる。と。 「……清…信……?」 「潤…?」 「お前…怪我、ない…?」 「うん、大丈夫だよ。……潤が、守ってくれたから」 「良かった…ぁ…。これでお前に何かあったら、守った意味…ねぇ、よな…」 「ねぇ、潤? ……俺、お前の事が好き。お前が居ないと、俺も何も出来ないよ」 泣き笑いみたいにして、俺は微笑った。そう、俺も潤が居ないと何も出来ないんだ。 馬鹿みたいにずっとお前の事が好きなんだからさ。 お前の事だけをずっと見てきたんだから。 最後まで――――ほんとの意味の最期までお前の事を好きなままで居るから。 ねぇ、だから……。 「俺の傍で、ずっと俺と居てくれない?」 これは俺自身への賭け。 もしこれで「嫌だ」と言われたなら、今度こそお前の前から姿を消すから。 今度こそ、この街に留まってなんかないで。お前が絶対に捜し出せない様に、誰にも告げず消えるから。 ねぇ。だから、本当の事を言ってくれて良いよ。 お前の本当の気持ちで、答えてほしいんだ。 「………ばぁっか」 ゆっくりと、俺の髪へ手を差し入れられる。 そしてそのまま頬に触れられて、涙の跡を優しくぬぐってくれた。 「お前がどこに逃げようったって、絶対オレが離さねぇよ」 「じゅ…」 「好きだ」 ゆっくりと、でもはっきりと告げられた言葉。 「清信が好きだ。もう迷わねぇ。もう、隠したりしない。オレはお前の事が好きなんだ」 「潤…」 「絶対、誰にも渡したりなんかしねぇ。誰にも渡さねぇ。 お前がオレから逃げようとすんなら、オレがお前を殺してやる」 穏やかで、しっかりとして。でも誰よりも愛しいと思った。 誰にも渡したくなんてないと思った。この腕を、このぬくもりを渡したくないと。 「……またこれは強烈な告白だね」 「そう思ってんだからしょうがねぇだろ」 「ねぇ、だったら」 もし潤の言葉が嘘でも、これが夢だったとしても。 この手のひらのぬくもりは忘れられない。忘れる事なんて出来ない。 ねぇ、だから。 「俺を離さないでね?」 ずっとお前を思ってきたんだから。ずっと、お前しか見てなかったんだから。 誰に告白されても、どんな話を聞いても。ずっと潤だけしか見えないままだったんだから。 「言ったじゃん、離さねぇって」 「うん」 「お前も、オレから離れんなよ?」 「うん」 「オレもさ、ずっとお前の事見てた。お前が苦しんでるの知ってから、お前しか見えなかった」 「…うん」 「もう二度と離したくねぇって思ったんだ。こんなに、お前がオレの事で苦しんでんだから」 「うん…」 ぽすりと、潤の胸に頭を置いた。さらさらと俺の髪を撫でてくれる潤が、妙に優しくて。 「……ごめんな、清信。ずっと悩ませて」 もしもこれが夢だったとしたなら、なんて残酷なのに甘い夢だろう。 さっさと目覚めたいのに、絶対に目覚めたくない。このままずっと、この甘美な夢を見ていたい。 ねぇ、潤? こんな夢を見させてくれるの、お前だけしか居ないんだよ。 「でも、もう苦しませないから。ずっとお前守っていくから」 夢みたい。こんな言葉を潤が言うなんて。 嘘みたい。こんな言葉を俺がもらうなんて。 「うん……」 俺はただ馬鹿みたいに肯く事しか出来ない。 本当に、嘘みたいで。夢みたいで。 「清信が好きだ」 「……うん」 また肯くと、潤はぎゅっと抱きしめてくれた。 もう、泣かないでいいように。
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