MARIA 〈 後編 〉 「これで、最後だよ」 手を伸ばして、そっと口付けた後で。イノランはそう言い放った。 「……イノ?」 オレの訝しげな声に、それでもイノはまっすぐに俺を見つめて、首を振った。 「これで最後。ちゃんと考えたくなった」 オレがイノランにキスをしながらでも、イノの言葉は止まらなかった。 「なんで?」 「だっ……て、お前はもう『自由』なはずだろ……ちょ、やだっ……」 「好きだろ、ここ。……そうだけどさ。じゃあ何で今まで続けてきた?」 情け容赦なく滑るオレの手のひらを、イノはそっと押しとどめて。 「決まってんじゃん? 俺が、お前を好きだから、だよ」 至極あっさりと言われて、オレは一瞬何を言われたのか分からなかった。 けれどだんだんと言葉の意味に気がついて。 「うわ、Jサン顔真っ赤」 「五月蠅い。続けっぞ」 もう一度、キス。 ……最後だと思ったら、やたらと優しくしてやりたくなった。 静かに眠る吐息を感じながら、オレは眠ったままのイノランを見た。 どうこう言うつもりはないけど、こいつは一度決めたら自分が納得するまでその意志を曲げない奴だから。 ……まぁ、そこが好きなところでもあるんだけど。 けど、不意打ちの「好き」には心底ビックリした。 言われるはずのない言葉。もらえるはずのない言葉。 そう、諦めていた言葉だったから。 「………好きだ」 オレはどうしようもなく不器用で、こんな事でしか好きな奴への想いを告げることはできないから。 だから、こんな方法でイノを手に入れた。絶対に嫌われてると思った。 だけど、イノはそれでもオレを好きだと言ってくれた。 「あー……わっかんねー…」 静かにベッドから抜け出して、オレは窓を開けてベランダに腰かけた。 煙草がこれまで以上に苦く感じたのは、きっとオレ自身の頭の中が混乱してるから。 普通あそこで好きだって言うか? しかもあんなにあっさりと言うなよ。ずっと抑えてきてたオレって何だったんだ? 「わっかんねーよなー……」 「何がわかんないの」 ふわ、と柔らかいシーツに包まれる。 すごく優しくて気持ちの良いそれに、息が詰まりそうになる。 「ねぇ、俺にも頂戴」 「ん」 と、自分で吸おうとしていた火を点けたばかりのそれを差し出す。 素直にそれを受け取って吸い始めたイノを横目に、オレは自分のを取りだした。 「何を勘違いしてるかわかんないけどね。俺、お前のこと好きだよ?」 「ぅげほっ!」 いきなりの耳元での言葉に、オレは詰まらせるしかなくて。 「うわ、きったない。ったくもー…」 ほらと差し出された、よく冷えたミネラルウォーターをありがたく頂戴する。 お前の科白が不意打ちすぎるんだよ。 「だから俺お前のこと好きだって。でなきゃ、こんな関係になってない」 同じ煙草の同じ匂いがオレ達の周りを包む中、イノランは簡単にそう言った。 「で、お前も俺のこと好きじゃない?」 「……あら自信過剰ですねイノランさん?」 「でなきゃお前、いくら俺でも抱いたりしないでしょ」 恋愛感情がまったく無いなら、と続けたイノの言葉に、オレは素直に肯いた。 「俺がこれで最後だって言った意味、分かった?」 「……わかんねぇ」 「お前が何で俺を抱いてるのか、俺が何でお前に抱かれてるのか。それを見つめ直して欲しかったからなんだけどね」 ……あ、そうなんだ。 「だけどお前は直進型だから、何か別の意味に取ってるんじゃないかなって思って」 「さすが井上さん、良くお分かりで」 「冗談。何年一緒にいると思ってんの。潤の事なら、俺が一番良く分かってるよ」 「……そういうもん?」 「そういうもん。俺の事なら、多分潤が一番良く分かってるでしょ」 「あぁ……成程ね」 「そ。だから、この先を決めるのはお前だよ」 びし、と短くなった煙草をオレに向ける。 「オレ?」 「そう、お前。俺はお前が好き。で、お前は俺が好き。だからどうする?」 「…………これからもどうぞよろしくお願いします?」 「何で語尾にハテナが付いてんだよ……」 「ごめん! ヨロシク!!」 「良し。ったく、俺にしてはよく我慢したと思うよ」 立ちながらイノランが言って、オレは見上げる形になった。 「我慢?」 「お前ははっきりしなさ過ぎ。好きなら好きってはっきり言え」 「……はい」 「まぁ、潤だから我慢できたんだけどね。じゃ、俺寝るから。お前もあんまそこに残ってんなよ?」 「あぁ」 イノランが寝室に戻った後、オレはもう一本煙草を取りだした。 これからの事を考えたら、もっともっと楽しい日々が待っているはずだと。 手始めにあいつのライヴかな。 |