どんなに想っても、それが間違いなく相手に届くなんて思ってない。


 大切で、大好きで、愛しくて。


 だけどどんな言葉を伝えても、どれも想い以上の言葉は何もなかった。














I for you















「傍に、居たいんだ」


呟いてみて、それでなぜか切なくなった。


他の我侭ならいくらでも言ったけれど、こんな我侭は今まで一度も言わなかった。理由はただひとつ。


『照れくさいから』。


なにを今さら、と彼は言うだろう。


もう何年も一緒に居るのに、今さら「傍に居たい」と言われても。本当に『今さら』だ。


自分でもそう思うだけ、相手の反応がわかるだけに手に負えない。


「傍で居たいんだ。ひとりは嫌なんだ」


例えば言ってしまえば、優しく包んでくれる。


でも、どんなに言っても、その意味すべてが相手に届くはずもなく。そんな言葉を一度でも思おうなんて事、想像もつかなかった。


もしも言ってしまえば、彼は――――すべてを放り出してでも、傍に居てくれる?


頭を頭痛がしそうなくらいに思いきり振って。傍に居てくれるはずがない。


だって、彼はいま一番注目される立場にある人だから。自分なんか構ってる暇はないはずなんだ。


まさかこんな事考えてるなんて。こんな、マイナス思考な自分は嫌いなのに。





ねぇ。 君は、いま。












































「スギちゃん?」














ちょっと驚いたような、それでもどこか涼やかな声。一番馴染んでる声。


「隆?」


「あ、……取材?」


「あぁ。今、終わったトコ…そっちは?」


「うん、俺も」


微笑んで言ってくれるから、逢った時に広がった僅かな安心感が広がるのを自覚した。


「早く終わらせたかったんだ、今日は」


疲れが溜まってるのかななんて思いながら、黙っていた。


少し俯き加減の顔に、僅かな微笑みが混ざる。


「スギちゃんが隣だって聞いてたから」


「え?」


「ホラ、スギちゃんとなかなか逢えないじゃない?」


事も無げに隆は平然と言って、ふとこちらに笑顔を向けた。


「だからこれからも仕事入れないでさ。スギちゃんと一緒に居たいなって」


イノみたいにふわりと微笑んで、そんな言葉を言ってくれる。


活動のジャンルとかが違うから、こういう時でないと逢わないのなんかわかってる。


それでさらに隆は知名度もハンパじゃないから……滅多に逢わない。





























 すきだよ。すきだ。


 そばにいたいんだ。





























何回も思った、ただひとつだけの想い。どんなにどんなに想っても、それが間違いひとつなく貴方に届くとは思ってない。


そんなの、今までも、これからもつきまとう思い。


誰かを好きになったなら、永遠についてくる思い――――。


「スギちゃん?」


はっと引き戻される感覚で、気付いたら隆がオレの前に立っていた。


凄く思い詰めたような表情で、何かを必死で堪えているような…そんな、こっちが不安になりそうな表情。


「…………大丈夫? …もう、逢わない方が良い?」


「…どうして?」


「俺が…スギちゃん疲れさせてるなら、逢わない方が良いよね?」


無理に微笑んで見せて、俯く隆の姿はとても儚かった。


確かに疲れてはいた。


滅多に時間帯が一緒にならないから、オレが隆の家まで遊びに行ったりしてるけど、それとこれとは別で。


隆といる時間があるから、オレもこのハードスケジュールをこなせているようなもんで。


「ちがうよ」


首を傾げる隆に、オレは笑ってやる。隆に笑ってやる事で、隆の不安が消えるなら願ったり叶ったり。


それと同時に自分に対する妙な安心感があった。


不安に思ってるのは、オレだけではないと。


傍に居たいと思ってるのは、オレだけじゃないんだと。隆が言ってくれたおかげで、オレはそれに気付く事が出来た。


「隆が居るからちゃんとやって来れてるんだから」


「え?」


「ずっとそうだよ? もう、何年もそうなんだからさ」














――――だから今更、離れるなんて言わないでよ。














「………うん」


オレの肩に額を押しつけて、隆は肯いた。


「帰って、寝るよ」


隆が呟く。それを素直に受け止めて、オレは隆を助手席に乗せて車を走り出させた。


車内に沈黙が走り、互いに何も言わないまま走り続ける。隆は景色を見ているのか、オレの方からはその表情をうかがい知る事は出来ない。


でも、それでも。














離れたくない。傍に居たい。


何年も焦がれて、初めて手に入れた大切すぎる人だから。


たとえ君を傷つけても、いつまでも離したくない。














そう、隆はオレに向けて言ってくれたはずだ。


そう、オレは隆にはっきりと告げられたはずだ。





























隆の家の前で、オレの車は綺麗に止まった。


着いて欲しくはなかったけど、着いてもらわないとこの多忙な人を余計追い詰める事になる。


次、逢えるのはいつだろうね?


そんな言葉を口に出せるはずもなく、オレは隆に告げていた。


「着いたよ、隆」


「……うん」


隆はそう言ったまま、それでも動こうとはしなかった。


なるべく隆を見ないようにしていたけど、オレは心配になってしまって隆の方に向こうとした。


「隆?」


振り向きざま、唇に柔らかな感触が残る。


目の前には、とても大切な人の泣きそうな姿。


「好きだよ」


世間一般的にはプレイボーイに見られている隆だけど、必死でオレに隆は伝えてくれていた。


「好きだよ。大好き。もっと、傍に居たいよ…」


ギュッとオレにしがみついて、泣き出しそうな声で告げてくれて。


誰よりも愛しているから、こんな姿を見たくないと思うのは当然の事だ。


でも、隆にはオレが居なきゃ駄目で、オレには隆が居ないと駄目なんだ。


バンドが解散したって、どれだけ忙しくったって、それだけは事実なんだ。


「スギちゃんと、ずっと一緒に居たいよ」


本当に隆は忙しい。オレ達の中で、彼は一番忙しいだろう。


テレビでも新聞でも、『河村隆一』の名前が途切れることなんてない時もあって。


精神的にも、肉体的にも疲れ果てて居るんだと思う。


だからオレの前で、こんなに無防備に泣いて気持ちをさらけ出してくれる事を嬉しく思う。


「隆」


「もう駄目だよ…疲れたよ、俺。スギちゃんの傍で居たいよ…」


ゆっくりと、あやすように隆にキスをしてやる。思う存分、好きなだけ泣けばいい。


オレが傍に居るだけで、隆に安らぎを与えている事がとても安心する。


「また、絶対逢えるよ」


「うん…」


「絶対連絡するから」


「うん」


いつになく弱気で、頼りなくて。


テレビの前で堂々としていて、不安とか悩みとかまったくないような姿を見せているのに、その『河村隆一』の姿はどこにもなかった。


ただの1人の人間に、ようやく戻れているような気がする。


隆を落ち着かせて、部屋まで送って。


シャワーを浴びて、眠らせるまでオレは傍に居た。


絶対にまたいつか逢える。そして、その時に隆がオレと居る事で安心してくれたらそれで良い。














淋しいと思っているのはオレだけじゃないから。


傍に居たいと思っていたのはオレだけじゃなかったから。


隆の家から離れるごとに、しっかりと胸に焼き付けて。


オレは強くならなきゃいけないな、と実感した。


ブラウン管に出る事で自らの状況をオレ達に知らせてくれている隆に、少しでも安らぎを与えてやれるように。