ねぇ?


 いつになったら、傍に行かせてくれますか。


 軌跡の中で、奇跡のような出逢いをしたのに。














キ セ キ















「ねーぇ、イノちゃん?」











話しかけてもまったく無言なのは、眠ってるのか大音量で音楽を聞き入ってるか。


ふ、と逸らした顔の先にいた彼はイヤフォンをしたままで目を閉じている彼の姿だった。











綺麗な人、だと思う。


男なんかに収まらないような綺麗な顔をしていて、それでいて雰囲気も柔らかくて。


言葉が多くないのはそれによる誤解を広めたくないからで、すごく簡潔で潔くて。











すごくすごく、カッコ良くて、綺麗な人だと思う。











「イノちゃん」











つんつん、と軽くつついてみるけれど、彼の反応がない。


それはきっとさっきの考察が両方あてはまっているからで、静かな息は寝息だから。











「……キス、させて欲しいんだけど」











手を繋いだ。抱きしめ合った。抱き合った。身体も、重ねた。


けれど彼とは一度たりとも、口唇を重ねる事はなかった。





























 想い合っている自信はある。


 好きだと何度も言ったし、好きだと何度も言ってくれた。


 傍にいて欲しいと言った事もあるし、傍にいて欲しいと言ってくれた事もある。


 手を繋いで、離さない――――離したくないと微笑い合った事もある。


 いつも、いつでも傍にいてくれたのに。














 どうして口唇だけは重ねる事がないんだろう。





























「………ん……」











綺麗なかたちの桜色の口唇がわずかに開いて、静かな吐息がこぼれた。


ここにいるのは君と、僕と。君の愛猫だけで。








たったひとつの空間に、これほどまでに心穏やかになれる時間がある。


たった一人の傍にいるだけで。


君の傍に、いるだけで。








君に出逢えたキセキがどれほど僕を救ってくれているのか。


君はきっと知らないだろうけれど。











「……んー……隆、ちゃん」


「あ、起きた?」


「ん。起こしてくれても良かったのに」


「気持ち良さそうだったから、つい」











ふわりと微笑んでくれる笑顔に、どうしようもなく惹かれる。


君は俺だけのものだとどれほど鎖を付けても、自由に飛び回れる人。


自由な人、だから。








どうしようもないほどに不安になる恐怖。


どうしようもないほどに立ち止まる自分。











「ねぇ」


「………ん?」


「キス、嫌い?」


「……どうだろ。好き、なの?」











簡潔な言葉は、とてもささやかな響き。


それさえも距離を縮めてくれる、綺麗な音。











「うん。……キスしたい」











君と出逢えたキセキが、ゆっくりと瞳を開いていく。


いつかそれが閉じられる日が来るかもしれなくても。











「………いいよ」











ふ、と微笑んだ笑顔に浮かんだ想いは嘘じゃないと。


そう信じていたいから。





























 それはまるで、花びらに触れたような。





























 またいつか僕らが出逢えなくなったとしても。


 またいつか僕らが出逢えるというのなら。








 そんな奇跡が、待っていてくれるのなら。








 今度こそはきっと。


 君を守り抜いてみせるから。











「………けっこう、根に持つタイプだよね隆ちゃん」


「そだね。忘れないからね」


「ま。……精進しましょ?」


「お互いに、ね?」











 今度こそはきっと。


 この手は離さないから。