「例えば」なんて言葉は要らない。


 君と一緒にいられるだけで、それで良いよ。














Love is...















久しぶりに聴こうとして取り出したのは隆ちゃんのアルバム。


そっとCDをプレイヤーに入れて、出来るだけの大きい音量で聴く。


さすがにこんな真夜中にいつもの音量で聴いてたら路頭に迷いそうだから、せめてもの我慢。


あの時の俺たちには数年後の未来なんて考える事なんて無くて。


でも、変わらないものは変わってない。


例えば友情関係とか、そんなものは何一つ変わらない。


変わりたくもなかった。











あ。


この音、好きだ。











ふと思い出したかのようにわずかに微笑んでみれば、どこもかしこもそこは隆ちゃん一人の世界。


誰にも侵す事なんて出来ない、彼一人の世界。


彼自身は何も考えていないかもしれないけれど、俺にとっては最高の世界。


これほどまでに深く自分を掘り下げていけるのはある意味特権だ。


彼一人、隆ちゃんだけの特権。











「……綺麗な、声」











静かにぽつりと呟いた言葉は誰の為のものでもなく。


ましてや彼を褒める為に告げた言葉でもない。


今更こんな言葉は言えない。


そう、何もかも『今更』なんだ。











綺麗な声も。綺麗な、音も。


綺麗な、オンガクさえ。











それらがすべて綺麗なのは隆ちゃん自身が綺麗だから。


誰も知らない隆ちゃんを知っている、俺だけの特権。


夢心地のような気分で瞳を閉じれば、彼だけで満たされそうな自分自身。








『綺麗な』








何物にも代え難い彼自身。


それはどんなものにも、時代さえも影響されないような。


確固とした自分自身を持っている、彼だけの。


彼だけの世界。


彼、一人だけの世界。











「……違うよ」











ぽつりと、まるで何かの呪文のような。











「……隆、ちゃ」


「俺がここにいられるのは」











一歩も歩こうとしない、少しも動こうとしない。


綺麗な口唇がかたどる、声。





























「みんながいてくれるからだよ」





























歩き出す事さえも恐れない彼が見たもの。


それは自分なんかがたやすく知る事はできない。


もしかすれば、一生同じ風景は見れないのかもしれない。











「イノランが、そこにいるから」











こんな汚い世の中で、こんなに綺麗な人がいる。


それはまるで世界にひとつだけの奇跡。











「………俺が?」


「イノランがいてくれるから」











二度ともう巡り逢えない奇跡かもしれない。


それでも、誓える事があるとすれば。











「待っててくれる人がいるから」











二度とこの人の手を離したりなんかしない。


二度と、この人の隣から離れたりなんかしたくない。











「俺は走る事も歩く事もできるんだよ」


「俺が待ってるから?」


「うん。だからね」











綺麗なのは器だけなんじゃないって事、誰よりも知ってる。


だからこそ彼がこれ以上ないほど綺麗に微笑ってくれるのは、俺だけ。











「だからイノちゃんも走ってよ」











言葉は残酷なものだと誰が決めた?


言葉など無くても良いと誰が言った?


その言葉のお陰で、これほどまでに俺を喜ばせてくれるのに。


繋がりなんてものがなくても、俺と、君と、彼らは自然に手を繋いでいるのに。











「………そうだね」











苦手なはずのコーヒーを上手く作れるようになっているのも。


それと同じくらいに紅茶を上手く作れるようになったのも。


全部、自惚れても良いんだよね?











「それにね」











まるで子供のような純粋さで、瞳は空を見つめ続けて。


いつか空に還るのではないかと思えるほど。


純粋に、見つめてる。





























「帰るべき場所は、まだあそこに在るよ」





























いつかの仲間。


いつかの、戦友。


いつまでも、そこに在る。


いつまでも、俺を待っててくれるみんな。











「なら、さ」











ことりと置いたマグカップだけの音が、彼だけの世界に爪を立てる。


月の明かりだけが、彼の世界を彩る。











「キセキを本当にしてみようよ」











何が起こるか判らないような世界。


何が起こっても、不思議じゃない世界。


奇跡を信じない人々が、それでも望んだ奇跡。











「…………それも良いかもね」











小さく微笑んで、ようやく動き出したままの世界。


隣に座って、流され続ける一曲に耳を傾けた。


最高の声がスピーカーからと隣から流れる。


夢のようなひとときが、汚い世界に染まった俺を浸食していく。














彼だけの綺麗な音で。


彼だけの、綺麗な声で。


すべての汚い感情さえも消えてしまう。








それはまるでデジャヴのような。











「……ねぇ」











綺麗すぎる音が、まるで世界中に溢れていくような錯覚。





気付いてた?











「………何、が?」


「俺たちに残された道は、ひとつじゃなかったこと」











あの時。


別れを告げた俺の言葉に、君が綺麗な目で見つめた時。


目の前に広がっていた道は、一本しかなかったとあの時は言ったけれど。


本当は。











「続ける事だって、できたのに」


「イノちゃん」


「俺はね」











透き通った響きは、胸を打つよう。











「あんなもので崩れたくなかったんだ。いくら大切でも」











そんな簡単に崩れるようなものじゃないと判ってた。


けれどあれは、あの時は。


ああしなければ、俺たちの繋がりさえ消えそうだった。











「間違ってないよ」











幼馴染みと作りだした空間が広がって。


それが楽しくてしょうがなかっただけじゃ収まらなくて。


いつかは壊れてしまうと知って。


俺の手で、終わらせた。


これが最期だと、みんなに知らせた。


誰にも何も言わないで。


幼馴染みとだけで、決めた事。


まるでその間だけの約束のようだったにもかかわらず、君は。











「帰るべき場所は、互いの隣だけじゃない」











本当に帰るべき場所は、あの場所だった。











「帰る時は」











例え世界が暗闇に陥ったとしても。











「あそこに、一緒に帰ろう」


――――……うん」











こんな俺さえも、一緒に帰ってくれる人がいる。


だからこそ、俺は。





























「一緒に、帰ろう」





























奇跡を信じるのを、やめないんだ。


絶望しか、その先になくても。


わずかに輝く、光を求める。


歩き続けた軌跡の中で、たったひとつだけ手に入れる事が出来た奇跡。


それが君だったから。


君が、奇跡だと判ったから。











「一緒に……またみんなで、一緒に歩こう」











今度こそはきっと。


必ず、この人を守ってみせるよ。