彼がとても綺麗になったって思った時。


 それがオレの自覚した瞬間。





























SPECIAL LOVERS






























「おーのーせっ」




ぱしん、と目の前で両手を叩かれて、初めて授業が終わったんだって気付いた。




「え? ……あ」

「あじゃないよ。ったく、先生に目ェつけられるよ」

「っていうかもうつけられてるよ、井上」




苦笑しながら言った友人の言葉に、普段はぽやっとしてる井上がだよねぇと呟いた。

さらりと流れる黒髪の隙間から淡い色でピアスが光っているのにさえもうどきどきして。

井上って、こんなに綺麗だったっけって思った。

中学の頃からずっと一緒にいるけど、ただでさえ綺麗な顔してるけど、こんなに井上が綺麗だなんて思ったの初めて。




「何。ほんとにぼーっとしてる?」

「んー……昨日寝れてないからかな? そんなにぼーっとしてる?」

「うん、まぁ傍目に見て解るくらい」




それって全員解るじゃねぇかよ、とは言わずにオレは言葉を飲み込んだ。

ちょっとした表情のひとつひとつまでも井上が綺麗だなんて思い出して、そんな言葉は井上は女の子じゃないんだから喜ばない。

ただでさえ可愛い顔してるのに(言ったら殴られるけど)、井上は最近ますます綺麗になった。

だからなのかオレは異様に井上にどきどきして。何だよ、欲求不満かオレ。




「それじゃ今日は真っ直ぐ帰る? 何だったら、俺ん家来ても良いし」

「何でお前ん家に……」

「お前、俺ん家来たら良く寝てるから。泊まっていっても大丈夫だよ、親も弟もいないし」

「は? んなの初耳だぞ」

「だって三日間いないだけだしさ。小野瀬に言う事でもないかなって」




もう良いからこれを写せ、とばかりに差し出されたさっきの授業のノートをありがたく受け取って。

オレはそれをめくりながらぱらぱらと流し見つつ机に突っ伏した。




「聞く気も無いならサボる?」

「んー……そだな。そうした方が良いかな」

「まぁ、その方が安全ではあるけど」

「なんだよ安全って」

「いきなり当てられる事が無いじゃん。安全安全。俺が言っといてやるけど」

「んー、サンキュ。屋上行ってる」

「バレないようになー。昼休みに行くから」




ひらひら、と手を振った井上に肯いて、自分の席から離れた。




「潤」

「あ?」




ちょいちょいと手招きする井上に近付くと、井上は何か小さなものを手渡した。




「何――――…あ」

「暇だろ。ゆっくり考えてきな」

「サンキュ」




時計を見てみればあと数分でチャイムが鳴ってしまうから、オレはさっさと教室をあとにして階段を駆け上って、立ち入り禁止の

屋上の更に上にあるタンクの横で寝転んだ。

井上清信という彼は、以前からオレと仲良くしていて。出会った当初は女かと思ったくらいに綺麗な顔をしていた。

それは今でも変わらないんだけど、より一層綺麗になったよななんて突然悪友たちの間で話が出て来て。

親友と言って良いのか解らないけど、改めて井上を傍観者として見てみれば確かに変わった。

穏やかな雰囲気や頑固さはそのままにすごく綺麗になった。

井上はおっとりしてるっていうか、ぼんやりしてるっていうか。良く寝たりもするけど、ちゃんと真面目な生徒でもあって。

かと思えば毒舌家でキツい一言を言ったりするけど、ちゃんと相手の事を考えてて、言いにくい事でも伝えられる人。

オレとは正反対な感じ。

あいつが女だったら本当、彼女にしたいって思う。それくらい綺麗で、可愛くて。

ただの欲求不満じゃなくて。ただ純粋に、綺麗だと感じる。

井上に渡された小さな布製の袋の中にはライターと煙草、申し訳程度に小さな灰皿が入っていた。

お互いの好みも何もかも大抵は知ってるから、突然煙草が吸いたくなって戻るって言う事情も多分あいつは了承済み。

確かに井上に「潤は悩んでたら煙草吸いたくなるよね、突発的に」なんてまで言われてるくらいだから。

お互いの事は多分、誰よりも解ってる。

それは傲慢じゃなく解ってるんだ、井上はオレの事を理解してくれてるし、オレも井上の事を解ってるから。

それでいて息苦しさを感じないって事は多分相当相性が良いんだと思う。

だから、じゃないけど。自覚した分リスクとかいろんな事考えてるのかもしれないけど、オレ、井上が好きだ。

だけど、親友って立場を誰よりもわきまえてる分容易く告白なんてできそうにもない。

それに一応ノーマルだし。井上までこんな世界見せたくないっての。




「なぁに寝転がってんの。大丈夫?」

「………いの、…え?」

「へっへー。俺も抜けて来ちゃった」

「あ、そ……」




思い描いていた本人がいきなり目の前に出て来た事で心臓止まりそうだった……いやマジで。

だけど井上はそんなの知らずに寝転がったままのオレの隣に座って「一本もらうね」と言って煙草を抜き出した。




「煙草、吸うようになったんだよな」

「何言ってんの。教えた張本人が」




そうだよなー、一緒にいるのめちゃめちゃ長いよな。

数字にすると短く感じるけど、オレと井上の過ごした期間は何か、いろんな事を交えてすごくすごく濃い。

その間にオレ達は酒も煙草も覚えたし、一緒に音を出す事も知って。進行形で楽しくてしょうがない。

一緒にいる事がこんなに苦痛じゃない他人なんて初めてだ。




「大丈夫?」

「え、なにが?」

「答え、見付かった?」

「……ん。一応」




 好きな人は井上。だから、叶わないのも解ってて。

 だけどなおさら、オレは井上を守りたいって思うんだ。

 それがオレの答え。




「そっか」




 ふわり、と微笑んだ井上にオレも肯き返した。

 井上の一番近くにいられるなら、それでも良かった。















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