季節はもう夏にさしかかろうとしてた。





























SPECIAL LOVERS






























自覚したらどんどん井上が好きになっていった。

これが好きって気持ちなんだ、とさえ思った途端にオレを浸食していく気持ちは異様なくらいに早くて、だけどオレは同じだけの

気持ちで井上を守りたいとも思ってきていた。

それは、ただ好きだからって言うのもあるけれど、だけど井上を女の子みたいに「何もかもから守りたい」って言うんじゃなくて。

井上が立ち止まったり、迷ったりした時に相談出来る相手がオレだったらいいと思って。

オレは井上のすべてを守りたいとは思わない。あいつを何もかもから守れる程の強さを持たないし、何よりもオレと井上は親友だ

けど、ライバルでもあって。

オレが目指すものの先には、きっと井上もいるから。

だからあいつが崩れた時にはオレが引っ張り上げて、オレが崩れた時にはあいつが引っ張り上げてくれる。そんな関係だと思う。

でなかったらオレがここの高校に行きたいって言った途端に「俺もそうする」なんて言葉、出て来ねぇよ。




「井上」




決して上等とは言えない井上の奏でるメロディに被さるようにしてオレの音が響く。

そんな空間がずっと好きだったんだ。




「何?」

「オレ、井上が好きだ」

「………お前、自分が何言ってるのか解ってる?」

「一応解ってる。けど、オレ井上が好きだ」




お互いに目を逸らさないで、じっと見つめる。

だけどもしかして、と勘違いさせてるんじゃないかと思って。




「お前が嫌なら、ちゃんと捨てるよ」

「……は?」

「お前がオレをそういう風に見れないって言うなら、オレ、ちゃんと……」

「誰も言ってないじゃん。良いから潤は黙ってて」




あっさりと交わされる言葉にオレはえ、と思わず言葉を無くした。

良いから黙ってろと言われちゃ口をつぐみ、かといってベースをこれ以上弾いてみる気は無くなっていた。

ほら、一人でベースぼろんぼろん弾いてても面白くねぇじゃん?

何かを考え込んで黙り込んだ井上の邪魔にならないように静かにしていようと、鞄の中に入れていたお菓子を取り出した。




「………潤」

「ぅえ?」

「ちゃんと好きだよ、俺だって」

「……へ?」

「大体潤は自覚遅すぎるっつーの。どれだけ待たされたことか……」

「え、えって待って井上。って事はお前、もしかして」

「だからずっと一緒にいたし、高校も同じ所選んだ。

 あの時言った、『潤と一緒に音楽がやりたい』ってのもあったけど、俺、潤が好きだったから」




あの時井上は「潤と一緒に音楽やりたいんだよ」って言った。

それだけでも、充分に嬉しかった。




「ずっと待ってたんだ。潤が言ってくれるの」

「そんなの、お前から言ってくれよ」

「やだよ。言うのなんてガラじゃないし」




にやりと唇の端を上げるようにして微笑った井上に、思わず呆れたような溜息と笑いが出て来た。

オレが井上を好きだって気付く前に、井上は自分の想いに気付いていて。

結局、好きだって言わされたんだなオレは。




「……好きだよ」

「え?」

「俺。好きだよ、潤が」

「いの……じゃあ、付き合ってくれる?」

「うん。よろしくお願いします」

「よろしく」




二人で頭下げあって、そんな事してたら何でか笑えてきた。

結局は好きだったんだ。オレも、井上も。




「あ! でも、“清信”って呼ぶなよ」

「なんでだよー。呼びてぇ」

「嫌いだって言ったじゃん、その名前」

「なんで? 良い名前じゃん」

「嫌なの。とにかく呼んだら別れるからね」

「……了解しました」














そういえばこんな付き合い始めだったよな、と思いだした。

20年くらい前の事なのに今でも鮮明に覚えているのは、それほど嬉しかったんだ。

イノが好きで好きでしょうがなくて、だけど告白なんてできないって思ってて。

我慢が出来無くってついに告白したら、イノからはあっさりとした答えが返ってきて。

そういえばあの時約束した名前の事も、今ではずっと忘れていて。




「なぁにぼーっとしてんの」

「ん? 思い出してたのよ、オレらが付き合いだした頃の事を」

「……会った時から考えたら20年くらい、だっけ。長いよね俺たちも」

「そだなー。だけどさ」




淹れてきてくれたコーヒーを飲みながら、くっくっと喉の奥で笑う。

あの時から、変わってなかった。変わる事のできなかった想いを向けた相手が、今でも傍に居てくれて。

あの時感じていた気持ちも変わらない。

オレが崩れ落ちたらイノは引っ張りあげてくれて、イノが耐えられなくなったらオレが手を差し伸べる。

そんな関係は、今でも続いていた。

イノしか見えなかったのに、気が付いたら同じ気持ちの仲間は増えていて。

オレ達の間の気持ちはあの時みたいに焦燥感に追われるような気持ちじゃなくなっていた。

むしろもっと余裕がでてきたって言うのかな、イノの事も、他の周りの事も考えられるようになった。




「……あの時から、オレの気持ち変わってねぇよ」

――――…うん。俺も」




あの時と変わったのは距離感。

今ではより一層イノを近くに感じる事ができるし、追われるような焦燥感は無くなったけれど。

だけどイノを大切に想う気持ちだとか、一緒にいたいと思える気持ち。

そういうものは何も変わってない。




「……潤?」

「ん?」

「あの時の約束、まだ有効だからね」

「約束……って……名前で呼ぶなって事?」

「うん」

「マジか!」

「マジ。呼んだら別れるからね」




にっこりと微笑って、あの時と同じ科白を言うイノの頭を軽く殴る。

それに微笑いながらも痛がっているイノに同じように笑って。

ふと思い出した、17年前の思い出。





一緒にいればいるほど余計に解ってくるのは。

イノが、あの時と何も変わらず、最高の恋人だって事。















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