空にある星は誰かがそれを見て励まされている。


地上にある星は誰も見て無くても光り輝いてる。




どちらが美しくて、どちらが偉いものでも何でもない。




ただ俺は、どちらでも良いから誰かの光になりたいと思った。





























終わらない恋






























「それだったらもう叶ってるんじゃない?」




カラン、となるグラスを綺麗な指先で持ち上げた隆ちゃんは何を今更言ってるのと言いたそうな口ぶりだった。

隆ちゃんのグラスには綺麗な赤いカクテルが入っていて、確か名前はカシス・ソーダなはず。

こうやって美味しそうにお酒を飲む隆ちゃんは随分と久しぶりに見た気がして、俺も自分のカクテルをあおった。

俺のものはちょっと趣向を変えてチャイナ・ブルーなんて名前の青いカクテル。

二人してのんびりと酒を飲み交わすのは久しぶりで、気心知れた仲間とは随分お喋りになる自分を自覚した。




「そうかな」

「そうだよ。少なくとも、さ」




バーテンダーに軽くグラスを見せてもう一杯追加。

その姿さえどこか様になっていて、俺はわずかにこういう所がモテるんだよねなんて思ってしまった。




「イノちゃんが居なきゃ生きていけない人、居るじゃない」

「………どこに?」

「すぐそこに」

「まさか、Jのこと?」

「その通り。間違ってないでしょ?」




確信犯の笑みを浮かべた隆ちゃんに溜息で返して。




「あのね、Jは俺居なくても生きていける人だよ。それなりにね」

「ははっそれなりね!」

「それなりでしょ」

「だよねー。もうイノちゃん居なかったら人生はずれまくってるかもしれないけどね!」




……隆ちゃん、それは言い過ぎだと思うんだけど。

いくら何でも俺一人の存在であいつの人生が壊れるような事は……無い、と思うんだけど。言い切れない所が悲しい。




「誰かのために生きられるなんて、すごく良い事だと思うよ」




カラン、と音を立てる氷の音が澄んでいた。




「誰かのために生きるって事は、その人を守りたいって思う事じゃない?」

「ああ……うん……」

「そんな人に出逢える確率なんて少ないし、出逢えても別れなきゃいけない人かもしれない。

 もしくは、好きになっちゃいけない人かもしれない」

「……うん」

「だけどJ君はもう決めちゃってると思うよ。イノちゃんのために生きていくんだって、無意識かもしれないけど」

「……無意識に?」

「うん、無意識に。イノちゃんを守って、ずっと一緒に居るんだって思ってるんだと思うよ」




淡い青色のカクテルを飲み干して、俺はバーテンにもう一杯頼む。

その傍ら片手でチーズをつまんで口に放り込むと、隆ちゃんは微笑った。




「でなかったらあんなに守るぞオーラ出てないでしょ」




にっこりと微笑った隆ちゃんに少しだけ苦笑する。

守られてる、って自覚はあるけど、守るなんて言われた事はない。言ったら言ったで反発するの解ってるからかもしれないけど。




「バンドの時から、J君はイノちゃんほんとに大事にしてたもんね」

「手上げる事はなかったけど何度も怒鳴られたけどね」

「あははっ。それでも、イノちゃん大事にしてたよ」

「そう? そんな感覚、俺には無いんだけど?」

「イノちゃん、さりげなく鈍いもんねー」




失礼だよ、それ。

そんな意味合いを込めてちょっと睨んだら、隆ちゃんは上手く視線をそらして逃げた。




「誰かの光になりたいって思うの、解る気はするけどね」

「解る?」

「うん。俺も、思った事がないわけじゃないから」




さりげなく伏せた睫毛を見つめたままで俺は新しく来たチャイナ・ブルーを飲んだ。

誰かの光になりたい。

そう思うのはすごく抽象的でわかりにくい事かもしれないけど。こんな事思うの、俺だけかもしれないけど。

はっきり言ってしまえば俺は誰かを照らせる人になりたいとそう思っただけだった。

生きていくための糧でも、生きていくための希望でも良い。

誰かのための光になったら、こんな俺でもここにいて良いんだって思えるような気がしたから。

だからそう思っただけで。Jが俺にとっての光なら、Jにとっての光になれるんだろうか。

不安にならないと言ったら嘘だけど、でも。




「J君は、イノちゃんにとって光なの?」

「……え……?」

「J君のために生きていきたいって思える?」




少し微笑ってこっちを見ている隆ちゃんの瞳に、迷っているような表情を浮かべた俺の姿が見える。

迷うのは、そこまで強くJの存在を感じる事はほとんど無いから。

ただ弾いてる時にふと隣を見た時居なかった時は、強い違和感を感じたけれど。




「……わかんない」




今はまだそこまで――――潤ほど、強く存在を感じる人はいないけれど。

だけど、そう思う日もそう遠くはないんじゃないかとも思う。




「でもJの隣に居るの、俺は……嫌いじゃない」




あまりにも居心地の良い空間を作ってくれるから。

安心して、思わず眠たくなるようなくらい、ほっとするから。

本当に楽で、でもどこか楽しくて。ささやかな話の掛け合いさえも俺らしくいられる場所を作ってくれる。

そんな場所はどこを探してもきっとあいつにしか作れないし、あいつでなきゃ意味がないと思う。

だから。

その隣にいる事、一緒にいたいと思う事は当たり前で。




「……それって、光じゃない?」

「……かな?」




二人で顔を見合わせて一緒に微笑った。

隆ちゃんもスギちゃんも真ちゃんも、それぞれの隣は充分に居心地は良いけれど。

けれどあそこまで素直な俺でいられる場所はきっと潤の隣にしかないと思う。




「でしょ? 小難しく考えるんじゃなくて――――」




そっとずらした視線の先に見えるものはカシス・ソーダ。

綺麗すぎる赤い色に誰かの影が見えるようで、俺は隆ちゃんには気付かれないように微笑む。




「一緒にいたいと思えるなら、それで良いんじゃない?」




ささやかな光。それを必ずしも自分のものだと言うには限りなく少ないもののようにも思えるけれど。

もしも一緒にいたいとそう思えるのなら、これ以上他の言葉も何も要らない。




「ま。Jに直接言われた訳じゃないし」

「一緒にいよう、って?」

「うん」

「でもまぁ……今更、なんじゃないの? イノちゃんとJ君の間柄だったらさ」

「そうかなぁ。でも俺たち、はっきり言って『何も言わなくても通じ合えるんですぅー』な関係でもないし」

「うっそだぁ。普段あんだけ言ってたくせにー」

「ほんとだよぉ? 潤の思考回路は単純すぎてわかんないってのが本音」




笑い合う俺たちに違和感なくそっとチーズの追加をしてくれたマスターにも笑顔を返して。

隆ちゃんは発作が起こったように笑い続けて、俺が彼を肘でつついて。

それでも収まらなかった笑いに、またつられて笑っちゃって。




「あのねー、君は俺たちを何だと思ってるのさ。超能力者じゃないんだから!」

「だって普段言葉にしなくたって解り合えてたしー。悪いけどスギちゃんも真ちゃんもその言葉信じないよ?」

「うっそやだ冗談やめてよ。俺たちだって人間なんだからちゃんと言わないとわかんないよ」

「それこそ冗談ー。スギちゃんなんか『あいつら目と目で会話してる』って嘆くんだよー?

 せっかくイノちゃんと話したい事あっても入っていけない!って」

「してないしてない!」




全力否定。あのね、音楽の事なら言われても仕方ないとは思ってるけど。

だって俺もあいつも、曲を作ってる時点で音が鳴るからしょうがないんだよ。意識もしてないし。

いつも驚くのは曲作ってる時に、あいつの音が鳴ってるってだけ。

まぁ、なっがいこと一緒にいるんだからしょうがないかも、とは思うんだけど。




「スギちゃんだって隆ちゃんのヴォーカルにはなんの文句も言わないじゃん」

「愛されてますからねー」

「はいはい。わかってるわかってる」




 悪のりし始めたかな、二人して。




「誰かの光になりたい、って誰もが考える事でしょ。好きな人がいるならなおさら」

「うん」

「だから、俺はスギちゃんが微笑ってくれるならいつまでも歌っていたいよ。できる事なら、ずっと傍で」

「そだね」

「本気で傍で歌ってたいなら、別に問題ないじゃん? その気さえあればどこでだって歌える」

「ん」




本気で、誰かの傍にいたいのなら、何もかも投げ捨ててしまっても構わないと思う。

それくらい好きなら、何だって出来る。

世間一般的に考えたらそんなのおかしいかもしれないけど。

それくらいできなくて、何ができると思うんだろう。




「…………俺はね」

「ん?」

「あいつの隣でいたかったのかな、って思ったの。その手段が他でも――――実は別に構わなかったんじゃないかな」

「……うん」

「でも、俺たちの共通には音楽があって。音楽がなかったら、あいつとは会わなかったかもしれなくて」

「うん」

「そう考えたら、音楽を選んだ事って、仕方ないのかなぁって」




運命だなんて言葉に片付けられたらどんなに楽だろう。

また、その逆で運命の相手だなんてなんて重々しいんだろうとも思うけれど。

たったひとつの言葉に片付けられるほど、俺たちの歴史は軽いものじゃない。

むしろ俺が胸を張ってざまあみろとカミサマにでも言ってやりたいくらい、満足してる人生。




音楽を選んだのも、潤に出逢ったのも、全部「運命」だなんて言葉で片付けさせたりしない。


音楽を選んだのも、潤に出逢ったのも、全部偶然で。全部、俺が決めてきたんだから。




「仕方ないで良いんじゃない? そんなのこそ、もう取り返しつかないし」

「だね」

「イノちゃんがいなくなったとしても、終わらないものはいくらでもあるから」

「……え?」

「イノちゃんが――――気持ちのいい話じゃないけど、死んじゃったとしても。

 J君や俺や、スギちゃんも真ちゃんも、みんなイノちゃんを憶えてるから。

 終わらないものも、終わらせられないものもあるよ」




俺が死んだ時に、終わるものは俺の人生だけだ。

言われるまでもなく、俺はただそれに肯いただけだった。

終わらない。潤がいるから、この恋は終わらない。

勝手に一人で幕を引いて終わるなんて事はできない。




「……だったら、死ねないね」

「うん。恋って結構やっかいだけど。それが、生きがいになるものもあるもんね」




そうやって微笑った隆ちゃんに、彼もまた同じ想いを抱えていることわかってた。

誰が死んでも終わるのはその人の人生だけだ。

誰かと通じ合っている恋は、片方が死んだからって終わる事はできない。

むしろ片方にのしかかってしまうだけの恋。

それだけじゃ、終わらない。終わらせられない、恋。




「だから光になりたいんだよ。その人の、たった一筋だけの光に」

「うん」




それがどんなに重くても、どんなに逃げ出したくても、一人じゃないから立ち向かえる。

人は誰だってその強さをちゃんと持ってるだろうから。だから、恋をして、その相手を見つけて。

一緒になって立ち向かってくれる人を求めてるだけなのかもしれない。




「俺、隆ちゃんの光にはなれないね」

「お互い様だよ。俺だって、イノちゃんの光にはなれないもん」




笑い合って、二人してグラスの中身を飲み干す。





























 お互いの光になれないのは、すでにその光が輝いてくれているから。


 どこまでいっても逃げる事なんてできない光が、手を差し伸べてくれるから。


 言葉よりも確かな強さをくれるから、傍にいたい。


 同じように迷った時に、照らしてあげたい。





 ただそれだけの事が、どうしてこんな難しいんだろうね?





























「イノちゃん」




 突然隆ちゃんが呟いた。




「J君はさ。やっぱりイノちゃんがいないと、生きていけない人だよ」

「え?」

「お互いが知らなくっても、絶対にJ君はイノちゃんの事を捜してるし、イノちゃんはJ君を捜してるからね」

「そうかなぁ」

「捜してるよ。ほら、だって」




と、指した先にいた。

俺のマンションの前で、ぼーっと突っ立ってるやたら背の高い奴。




「………なんで?」

「いや俺に聞かれても知らないから。ほら、行ってきなって」

「あ、うん。じゃあね、隆ちゃん」

「うん。また飲もうねー」




ひらひら手を振って、車を動かす。

バックミラーで二人が近付いて、一緒に中に入ったのを見送って。




「あんなに嬉しそうにされたらねぇ」




と、微笑った。





俺も会いに行こう。俺だけの、たった一人の恋の相手に。


その人がいるから決して終わらない、終わらせられない恋の相手に。