もしも守れたらなって思うもの。 ひとつは、あいつ。絶対に手放せない、大切な人。 ひとつは、バンド。誰にも文句なんて言わせない、大切な存在。 もうひとつは、音楽。守るべきモノじゃないだろうけど、俺が貫きたい音楽は守りたい。 「意外だねぇ?」 そんな話をしている時、教えてくれたイノの言葉にオレはそう呟いていた。 久しぶりに一緒に飲まないかと誘ったとき、イノはあっさりと肯いた。オレに聞いてほしい事がある、と言葉には出さないけど。 イノは大抵、悩んでたり思い詰めたりしてるとただでさえほとんど喋らないのにさらに黙り込んでしまう。 だから、オレは今夜こうやって誘った。少しでもガス抜きができたらな、と思って。 今回は今までにないくらい追い詰められたような感じがしていて、オレはその、――――Jに逢ってないのか?と思った。 意外、という言葉の方こそがイノにとっては意外だったそうで、ちょっと小首を傾げてくる。 だからオレはなおも話を続けた。 「だって、そんなのなさそうに見えるから」 笑いながら言う。なさそう、というのはちょっと言葉違いだけど。 守りたいものはあいつだけかと思ってたから。 それを告げると、イノはちょこっと考えるようにして答えた。 「守りたいものには入らないのかもしれない」 「え?」 「守らなくても――――ううん、むしろ…俺にはあいつは守れない気がする」 哀しそうな表情でイノはぽつりと呟く。 ……あーあ。 「なんかね。たまにふっと思うんだ」 「なにを?」 こうやって促してやらないと、イノはほとんどの事を深く話さない。 だからオレはちょっとの好奇心と多大なイノに対する妙な義務感?でイノに首を傾げてみせる。 するとイノは、オレと同じように首を傾げた。 「俺が傍に居て重荷になってないのかな」 ……あーあ。 「いの?」 「ほんとはね、バンドでいる時から思ってた。俺なんかがここにいて良いのかなって」 そんな素振りを見せないから、結構イノが悩んでいるのを見過ごす人間も多いんじゃないかな。 オレはつくづく、この「感情がない」と言われる彼を哀しく思った。 「リードギターがやりたいんじゃないし、目立とうとも思ってない。ここに居る時は、ほんとに好きな音楽をやれてた。 でも、ソロになったときさ」 ぽつりぽつり、それでもはっきりと言ってくれるイノの言葉を逃さないように、オレはじっとその声に聞き入った。 「今までLUNA SEAに居るから、Jと一緒に居る事が出来てた。前のソロの時にも思ったんだけどね、あの時とは違う。 あの時は俺がソロしなくったってJには逢えるし、活動しなくても延長線上には…必ずLUNA SEAがあって、そこにみんなが 居て、そこにJも居てくれた。 でももう、俺たちは声を掛け合わないと、スケジュールが合わないと会えない。必ず集まれる保証なんて、どこにもない」 珍しくこれ以上ない程の饒舌なイノに、オレは少し面食らったけれど。 「もう二度とJに逢わないかもしれない」 ああ、わかった。 何となくだけど、イノの不安がわかった。 「オレもそうだよ?」 え、と顔をあげたイノに、オレは微笑みかけてやる。 「お前達よりもさ、多分オレの方が会う確率少ないよ」 だって天下の河村隆一だもん、と続けると、イノは少しだけ微笑んだ。 逢えないのはしょうがない。だってそれでも好きになったのは自分だから。 逢えなくても、想いが消えるわけじゃない。 それは少なからず、イノはずっとあいつと一緒に居るから知ってるはず。 「でしょ?」 と聞くと、イノは何個目かもうわからない缶ビールをカシュッと開けた。 「…だね」 肯くイノを見て、オレも何杯目なのかわからないブランデーを飲み干す。 「…隆ちゃんの、聴いた?」 「テープで来たよ」 今時珍しいカセットテープで、隆からの新曲は届いた。 機械をあまり扱えない、と苦笑していた彼からいきなりのプレゼント。 一番安心する方法で届けたかったからテープにした、とちょっと照れたように受話器の向こうで話す隆が凄く嬉しかった。 ほんの少しだけしかない休憩時間なのにわざわざ電話を寄越してくれた事、誰よりも一番に聴かせたかったと言ってくれた事。 ただその新曲は可愛い後輩バンドと発売日が重なるから一位は難しいかもしれないけど。 「どっち応援してる?」 酔ったせいか頬を薄く赤らめて悪戯っ子のように言い出すイノに、オレは苦笑しながらはっきりと返す。 「隆」 「あはは、やっぱり?」 「今さら聞く?」 「んー」 ちょっと首傾げて、イノは次に紡ぎ出す言葉を考え出す。 「だってあんなに慕ってくれてるからさ。まぁ、隆ちゃんだと思ってたけど」 「イノは買わないの?」 「買う」 キッパリと言ってのけるイノに、オレは笑った。 「Jはどうだろうね?」 「買わせるよぉ?あったりまえじゃん」 そう笑うイノに、少しJに同情しつつも――――真矢は…買うだろうな、まず間違いなく。 「結局はさぁ?」 イノが呟く。 「俺たち、隆ちゃん大好きだよね」 その言葉に、またまたオレ達は笑った。 「それじゃ、そろそろ帰るよ」 そうイノが言い出したのは、まさに人々がこれから動き出そうかって感じの時間。 「え、泊まっていけばいいのに」 オレはそう呟くと、イノはさっき見せた悪戯っ子のような笑顔をまた見せてくれた。 「だーめ。これからスギちゃんにとってはすっごく良いコトがあるんだから」 じゃね、と微笑んで帰るイノに、オレは少し疑問を抱かずにはいられなかったけれど、まぁイノのことだから悪いコトじゃないだろう と続けてブランデーを飲む。 今夜の月もまた綺麗だった。最近月を見ながら飲むのが癖になってきてる気がするなぁ。 ………でも月は癒してくれる気がして、大好きなんだけどさ。 ぼんやりと飲んでいると、ドアの方から閉まる音がした。 さっきイノは出て行ったはずだよな?と思って、とっさに振り返る。 「…………隆?」 「来ちゃった」 「来ちゃったって…仕事は?」 「終わらせたよ。イノちゃんに『お願い』されちゃったからね」 と笑う隆には、少しも疲労の色が見えなかった。オレ達はまたそれから飲みだした。 今夜はなんだか、イノに一杯食わされたような気がするけど……まぁ、いいか。 |