例えば真夏に降る雪のように、普通に考えたらありえない事。

 ありえないでしょ? 真夏に雪が降るなんて。あったら困る。



 どう考えたって「あるわけがない」と言えるはずなのに。

 あいつは、平気で口にする。



「オレを好きにならねぇの?」














Just For You















 何を根拠に馬鹿な事を言いやがるんだと小汚いコンバースの靴を踏みつけてやったのが高校の時。

 そんな事あるわけねぇだろ正気になれとせっかく用意したプレゼントを投げつけたのがおととし。

 何回も何回も同じ事を繰り返すな馬鹿と開けてすぐのビールを顔面にぶっかけてやったのが去年。





なのにあいつは今年も同じ事を繰り返す気かと思うとこれから向かうのさえおっくうになってくる。

ああもうこのまま玄関のドア(もちろん外)に何かスプレーで落書きして逃げてやりたいのが本音だけど実際問題そんな事になったら真っ先にあいつ

は俺を捕まえるだろう。

幼馴染みってのはこういう時厄介だね、突拍子もない事やってもバレるから。

今年の誕生日プレゼントは一応用意してある。

愛車の隣のシートに穏やかに乗せられているものは普段滅多に気にも留めないものなんだけどあればあるで心を和ませてくれる。

一年中どころか出会って気心知れるようになってからか、狂いだしたあのアホには丁度良いかもしれないとあいつには到底似合わない花束に目を

向ける。似合わなくて当然だ、だってこの花束選ぶ時に嘘吐いたもん。

ようやく赤から青に変わってくれた信号と共に滑り出す車たち。

ゆっくりと俺もそれにつられるようにして動き出してみればあいつの家はもうすぐだ。

あいつの家には多分今頃みんなが集まっていて、俺が着いた頃には酒盛りが始まってるだろう。

見慣れたデカいマンションの一角に車を停めて、隣に置いた花束を抱きかかえて、エレベーターのボタンを押す。

ゆっくりと動き出したエレベーターは俺の他に乗ってくる人はいなくて、なんだかほっとした。

思い返していけば気が遠くなりそうなくらいずっと一緒にいるのにもかかわらず、態度はいつも変わらなかった。

俺たちの歴史は笑っちゃうくらい同じに重なっちゃうのに、決して二人とも笑い飛ばして別れようとしなかったのは、本当は気付いていたせい。

そう、本当は何もかも気付いていた。

だけど自覚するのも今更でわずらわしいからって黙って、あいつを傷付け続けた。

だからあいつは俺からその言葉を引きずり出そうと問いかけ続ける。

それが俺の罪で、あいつからの罰。

だから俺は逃げ続ける。いつかあいつが、二度と俺を振り返らなくなる日を待ってる。














『イノは素直じゃないね』














「そんな事、わかってるだろ」

誰に返すでもなく呟いた言葉は当然の事。俺は素直じゃない。

だけどあいつは馬鹿がつくくらいに素直だから、それくらいで丁度釣り合いが取れてるんだよ。俺たち。

だから、一緒にいられるんじゃない?

ありえないなんて本当は嘘だよ。だってとっくに俺は、お前が好きなんだから。

「よぉ」

「よっ。相変わらずムサいね、お前」

「ンな事ぬかす奴には酒やんねー」

「じゃあ俺も秘蔵のワインやらない」

軽口を叩き合いながら、中に入れてもらう。

「なんでお前、外にいんの?」

「パシリにされたんだよ。できあがっちゃってる奴には買いに行かせらんねーだろが」

「そりゃそうだよね。捕まっちゃうし」

花束は奴の目に入らないよう、大きめの袋に入れてきて正解だ。

まさかこんな偶然が起きるとは。俺も運が良いね。

中に入ると成程、すでに出来上がってる人間が3名。………………無礼講だからってみんなハイペースで飲み過ぎなんじゃない?

「おー、来たか!」

「久し振り、みんな。あーあ、もう缶ゴロゴロ転がっちゃって」

足の踏み場もほとんど無いほど空き缶や瓶が転がってる姿は珍しい。

コイツの家、普段は物がないってくらい綺麗だからね。

寝に帰って来るだけだからしょうがないんだけど、ほんっとに珍しい。こういう時くらいじゃない?

「はい、J。お誕生日おめでと」

にっこり笑って花束贈呈。

…………さすが『彼女にあげるので』って言っただけある、ピンクや白や色とりどりの、到底似合わないどころじゃない。

似合わなすぎて笑える。

「…………………お前、オレにこれどうしろと」

「ふふん」

それを見越して見繕ってもらったんだから当然。

かなり戸惑ってるJは面白いくらい困ってて。

みんなはそんな花束を見て、大笑いして拍手喝采。……良いなぁ。ノリ。

「あはははははは! に、似合わねぇー!」

「それ一種のギャグだよ…!」

「い、イノ良いセンスしてるわー!」

「でっしょー?」

みんなに大爆笑されてJはかといって放り出すわけにもいかず、洗面所に持っていった。

だろうね。俺だってされたら困る。結構大きいからバケツとかに入れない限り置く場所は決まってる。

追いかけると水を張ってその中に漬けるJがまた…………似合わない……。

「お前、嫌がらせか?」

「うん。いつもいつも同じ事聞いてくる潤くんに嫌がらせ」

「……にゃろう」

本気で悔しそうに俺を睨み付けるとJはリビングに戻った。












































だけどね、本当の気持ちがどこにもないなんて思ってるでしょ。本当は、あるんだよ。


「彼女」じゃないけど。それくらい大切に想ってるお前に、あげたかったの。本当はね。


いつもいつも軽口を叩き合いながら、それでも俺に愛想も尽かさずに隣にいてくれるお前に。


だって店員に言う時、「大切な彼女にあげたいから」って言ったんだよ?この俺が。


そこまでさせるのはお前しかいないよ。


お前だから。お前だけ。














いつかこのウソツキな俺が真実の言葉を告げられる時が来たら、真っ先に、まっすぐに言うよ。


俺らしくないなんて言葉は知らない。そんな事、どうでも良い。


本当の気持ちは、間違わないから。





























「誰よりも一番大切な人だから、どうかずっと傍にいて下さい」