Anniversary





「ねぇ、これはどうするの?」

「あー? そだな、別にいらねぇ」

「はいはい」














Anniversary















 まるで今から引っ越しでもするように部屋の片付けを始めたら、思ってた以上に潤のものが出て来た。

 俺のものではないそれはいちいち聞かないとわからないから、潤のものだけを横に置いて他は片付け終わったのにそれだけこんもりと膨らんで

 置いてあったから、リビングまでわざわざ運んで。

 隣にはまるで当然のように煙草を吸いながら座って俺の質問に答える潤がいる。

 その距離も、その隣でいる事さえもがあの時から何も変わらないなんて。





「……………おい」

「え、何?」

「何笑ってんだよ」

「嘘。俺、笑ってた?」

「笑ってた。まさか誕生日だからって気までやられてんじゃねぇだろな」

「…………誕生日? 誰の」

――――――……これだよ」

「だから誰の。真ちゃんはまだ先でしょ? お前は終わったし……」

「お前のだっつの!」

「……俺?」

「今日は何月何日?」

「9月の………何日だっけ。10何日?」

「お前の誕生日はいつ」

「9月29日」

「だーから、今日だっつの」

「うっそだぁ。もうそんな時期だっけ?」

「そんな時期なんです」

「あ、じゃあお前がいきなり来たのって」

「お前の誕生日祝うためだろうが。ちょっと待て、お前さっきの何のためだと思ってたわけ?」

「いや全然何にも思ってなかった。だから潤がケーキ持ってくるの珍しいなーって」

「……………お前なぁ……」





 あ、ぐったりしてる。だってほんとに日付の自覚無かったんだもん。

 ごめん、と素直に謝るとぐしゃぐしゃと髪の毛を混ぜっ返される。





「そうだろうと思ってたけどな……来たら部屋の片付けとかしてるし。何やってんだと思った」

「だからごめんってば」





 そっか。だから潤が来たんだ。

 久し振りに逢うと思ったけど、こういう事は忘れないでいてくれたんだ。























 約束をした。こういう関係になって、何も約束なんてしなかった俺たちが、ひとつだけした約束。





 『どんなに忙しくても、お互いの誕生日の時は出来るだけ傍にいる』





 それは俺たちが、バラバラになっても守られていた。そして俺が自分の誕生日をすぱんと忘れてる時でさえ、潤は傍にいてくれる。


 ………なんだかそういう些細な約束が守られてるって事が、嬉しかったんだ。























「あーもう。ちょっと待ってろ?」

「? そりゃ良いけど」

「それとケーキ食おうぜ。コーヒー淹れといて」

「………はぁ」





 そう云って鍵を持って出ていった。

 …………いや、あのな? コーヒー淹れといてっていつ戻って来るのかわからないのにどうやって淹れろってんだよ。

 良いのか、淹れて。いいや、淹れちゃえ。喉乾いたし。

 二つ出したマグカップに、出来たばかりのコーヒーを注いでたら潤が戻って来て。手に持ってる包みが何なのか何となく想像出来た。

 中身はわからないけどね、多分あれが俺へのプレゼント。





「誕生日おめでと」

「ありがと。………何、これ?」

「開けてみろって」





 押しやるように渡されたそれをごそごそと開いてみる。潤はといえば、ケーキを切ろうと包丁持ってきて。





「…………………………CD?」





 出て来たのはCDと、………何だこれ。





「……えす…ぷれっ……そ…まし……………嘘ぉ!?」

「欲しがってただろ?」





 それはちょっと前に、一緒にふらっと出ていった時に俺が気に入ったエスプレッソマシーン。

 でもその時は持ち合わせがあんまりなくて、あきらめざるをえなくて。そういえば今度暇があった時に買いに行こうかなーと思ってたものだった。

 ちいさい割にめちゃくちゃおいしかったんだよね。





「え、もらって良いの?」

「もらってくれよ。……それにオレが持ってたって宝の持ち腐れ」





 そうだね。お前、あんまり家に帰ってないしね。

 切り離されたケーキが俺の前に置かれる。

 そして潤が一足先に食べている途中で、そういえばと思い返して俺はCDというか、何のタイトルも書かれていない百円均一の店に行ったら

 ありそうな何の変哲もないそれをひっくり返してみた。何も、やっぱり書かれてない。





「何、これ」

「それ、二枚入りなんだわ」

「…………はぁ」

「一枚目……そっちの表にある方な、はみんなからのバースディメッセージ」

「みんな?」

「そ、みんな。二枚目は、新しく出来た音」

「………聞かせてくれるんだ」

「お前が聞かなくて誰が聞くんだよ」





 こつんと叩かれるのを大げさに痛がったりして。

 変わらない。こういう所も、どんなに年月を繰り返しても変わってなんかいない。

 いつまで経ってもガキで、いつまで経ってもあの時のまんまだ。根本的な所は。だから俺も、潤も見失っていない。

 どんな所も、どんなものも何も見失ってない。あの時から変わっていない限り、別人にならない限り、俺たちは見失わない。

 潤がいつも俺に新しい音を聞かせてくれるのも、俺がいつも潤に新しい音を聞かせるのも、また相変わらずの事なんだ。

 だってずっと一緒にいるんだから、まるで癖みたいなものだよね。





「今度逢えるの、もちょっと先になる」

「……この間云ってたのより?」

「ん。だから今日は無理矢理休ませてもらった」





 悪戯っ子のように微笑った顔に、俺は苦笑を返して。……大変だよね、こいつのお守りも。





「気をつけて行って来なよね」

「オレは飛行機が墜落しようとも死なないって云ったのはどこのどなたでしたっけ」

「俺」

「にゃろう。大体そんなのバケモンじゃねぇか」

「え、バケモンでしょ、潤は」

「ほー。そんなバケモンに惚れたってのね、お前」

「残念ながらね。若気の至りって奴だね多分。……ああ、若い時の俺、カワイソウ」

「云ったな」





 軽口もいつもの通りで、ほんっとに成長してないだけなのかもしれないけれど、それでも俺は嬉しいから。

 この先も、またずっと未来に行っても。来世でまた逢えたとしても、変わらなければいいなと思う。

 相変わらずの俺たちで、相変わらずに微笑っていられればそれで良い。何も、変わってなくて良い。

 それが元で傷付く事がいっぱいあっても、お互いの手が離れない限りはきっとまた立ち上がれるから。

 何も、変わらなければ良いのにと途方のない祈りを繰り返した。