大きな手も、綺麗な瞳も、全部ずっと好きだった いつだって迷った俺を見つけて新しい風景を見せてくれる君が あまりに傍に居すぎたからこそ、今はこんなに離れてしまっているのかもしれない ただ俺は、君がずっと微笑っていてくれる事だけを願っていたんだ 広くて大きな背中を見ているのも、無邪気に眠りこけている姿も ずっと好きだった 何もかも、ただずっと君だけが好きだった。 天気雨になってしまった空の隙間からのぞく太陽が、彼を急速に思い出させた。 思い出させたんじゃ、無いんだ。思い出す事がなかったのは、彼を忘れた事がただの一度もなかったからだってわかってる。突然彼をふと思い出せたのは、そんな太陽の姿だった。いつだって迷って困っている俺を見つけてくれたのは彼で、鈍くさいだのノロいだの結構酷い事を言っているのにもかかわらず怒れなかったのは、その表情がとてもやわらかくて優しいものだったからだった。口惜しいくらいにどんどん差が開いていく身長も、手の大きさも、何もかもがすべて憧れだった。俺もいつかああなったらいいなぁと思っていたのにもかかわらず、その大きな手で頭を撫でられるのが嬉しかった。何もかも、ここでもう駄目だと思った時に彼はいつも俺をすくい上げてくれていた。 彼がいたからこそ、俺はここにいられるんだと思い知った。 彼がいるならと選んだものはいくつもあったけれど、そのすべてが後悔した事がなかった。その時々はあったかもしれないけれど、結局は良かったとしか言いようのない結果ばかりで。何も悔やんでなんかなかった。一人だったなんてついぞ言えなかった。気が付いたら彼は傍にいたし、目が合えば微笑った。大丈夫だと言ってくれているような瞳が、いつも俺を立ち上がらせてくれていた。彼の隣に立てるのなら、こんな事なんて事は無いんだって教えてくれた。多分きっと彼はそんな事思いもしていないのだろうけれど。 だから俺は絶対に彼だけは裏切らないし、彼の味方でいる。それがどんなに、彼に非があったとしても。 いつかずっと前に渡してくれた音源がとても悲痛なもので、どうだった?ととても楽しそうに聞いてくる彼を見ながら思わず泣き出した事さえあった。それは決して悲しくて泣いたのではなくて、つらい時に傍にいられなかった自分が不甲斐なかった。そしてまた、俺を必要としなかった彼がいたことを思い知らされた。お互いが居なければ生きていけないなんて、そんなの馬鹿らしい。人は一人では生きてはいけなくても、誰かいなきゃって言うのはただの甘えだとわかっていたのに。 隆ちゃんに飲みに行かない、ってメールを送ったのはただ、何となく彼ならこんな馬鹿らしい愚痴を聞いてくれるかもしれないと思ったからだった。隆ちゃんとは今更隠すような事も何も無くて、お互いに他の誰かには言えない事も言えてしまうから不思議だと思った。だけど恋人と過ごすんだと言う彼を強引にって言う気にもならなかった。それに、ただでさえ忙しい彼なんだから無理はさせちゃいけないし。特に予定もなくだらだらと過ごそうと思っていたら、突然インターフォンが鳴り響く。はいはい何か用ですかーと出る気には到底ならなかったけれど、普段家にいないんだから出てみるかと扉を開けて思わず絶句。 「…………よぉ」 「……あ、う、うん」 お互いの顔色を窺うようなそんな言葉が、何故だか違和感を感じさせなかった。さっきから降り続いていた天気雨も妙に続いて、太陽の光が注いでいるのに雨はしっとりと降り続けていて。 気が付いて中に入ってよ、って言えば、彼は苦笑するように微笑んで肯いた。 「来るなら来るって言ってくれれば良かったのに」 「んだよ。別にいつもの事だろ」 「そりゃそうだけどさ。連絡くらいくれても良いじゃない?」 ふてくされるかと思ったら意外にもそんな事はなく、素直に悪かったなと言ってくる。 なんか、変な感じ。 「コーヒーでいい?」 振り返ってそう訊いた時に、急速に引き寄せられる強い力を感じて俺は思わず身体を強張らせた。 怖かったんじゃない。俺が、潤を怖いと思う事なんてただの一度もなかった。どんなに不機嫌で無愛想だった時でも、酷い事を言われたとしても、後でちゃんと謝ってくるくらい不器用な彼だったから。 「……潤?」 「あのさ、イノ」 ついに追いつけなかった身長差。そのせいでまるで上から降ってくるような声に、俺は神経を集中させた。何を言おうとしているんだろう。ついぞ言いだせなかった別れの言葉だろうか。二度と、お前の顔なんか見たくないとでも言われでもしたら倒れそうな妙な感覚があるのに。 結局いつだって、どんな時だって俺は君が好きだった。 太陽のような、君が。 「オレ、お前が好きだ」 「…………え?」 繰り返し同じ事を言うのを好まない潤が、聞き返されるのを嫌うのは知っていたはずだったのに。 あまりに自分の考えに落ち込んでいた俺は、彼の言葉を見事に聞き逃してしまっていた。いつもなら、ずっと聞いていたいと思うほどに好きな声なのに。 「いや、だから……」 「好きだよ」 自分の言葉ではないように、突然呟いてしまった言葉。本当なら一生抱えて、黙り込んでおくつもりだった言葉が、突然ぽろりと落ちてしまったようで。抱きしめられてしまっているから、そう言ってしまったのかもしれない。 だって、好きじゃなかった事なんてただの一度もなかった。弱音を吐いてきた時も、強気に笑ってた時も、結局は何だかんだ言ってああやっぱり好きだったんだとしか思えなくて。醜態をさらされたとしても、俺には彼を突き放す術がただの一度もなかったんだと。 「ずっと、好きだったんだよ、俺」 「イノ」 「だけど、言ったら壊れてしまいそうで、……」 伝えて、そんな風には思えないと突き放されたら、立ち上がれなくなる事は目に見えている。そしてそうなった時にすくい上げてくれていたのは目の前の彼だった。いつも、どんな時でも手を差し伸べてくれていた彼がいたからこそ、もしかしたら俺はここに立てているのかもしれなかったから。 だから伝えられなかった。その優しい手が失くなるなんて、怖くてどうしようもなかったから。 俺たちの関係が壊れてしまうくらいなら、そのままで良かった。 「壊れてしまうくらいなら、そのままで良かったんだ」 「…………なんだ」 「え?」 「オレ達、同じだったんだな」 潤が苦笑いをしながら、俺を見下ろしていた。 俺はその言葉の意味をはかりかねて、一瞬行動が止まってしまっていた。 「オレも、ずっとそう思ってた。壊れちまうくらいなら、このままで良いかって……もう、ずっと」 ずっと長い間、お互いに同じ気持ちを持ちながら、同じ理由で俺たちはそのままの関係を引きずってきた。好きだから、大切だから壊したくなくて、だからこそこの曖昧な近い関係を望んでいたのかもしれない。恋人はいつか終わってしまうけれど、友情は終わらないと思っていたから。決定的に別れを切り出す事は出来なかった。かといって、もっと近付こうともしなかった。それはすべて、この関係を壊したくなかっただけだった。 ずっと同じ想いだったのに、遠回りをしてたんだね。 「…………好きだよ」 まるで血を吐くように、必死の思いで告げられた言葉に、背に回した腕で強く抱きしめる事しかできなかった。同じ言葉を言うのは何だかとても陳腐なようにみえたし、それ以外に俺自身の気持ちを表す事が出来なかったから。どれだけ言葉を尽くしたとしてもきっと語り尽くせないだろう想いを、どう伝えればいいのかわからなかった。 どうしてこんなに泣きたくなるくらい好きなんだろう。 ずっと長い間、君以外見えなかった。 好きじゃなかった事なんて、ただの一度もなかった。 好きでいる事以外、何も出来なかった。 なのにそれでも伝えられなかったのは、君が離れていく事を怖がっていたせい。 臆病だったからこそ、伝えられなかった。こんなに大切に思っていたのに。 「……うん」 ちいさく呟いたら、強く抱きしめられる感覚にそっと瞳を閉じた。この腕が手に入るなら、何もかも捨ててしまっても構わない。そう思った事だって何度もあったのに、ついぞ俺はそう出来なかった。それはただひとえに、怖かったから。 君が離れていく事の怖さに比べたら、こんな辛さなんてどうでも良かったんだ。 「…………ね」 「ん?」 「俺は、ね。潤が思ってるよりずっと、潤の事が好きなんだよ」 どんな風に思われてるかなんて知らない。そんなの、わかるはずもない。 だけど俺は、きっとお前が思ってるよりずっと、お前の事が好きなんだよ。好きで好きでしょうがなくて、泣きたくなる時だってあったけれど。そんなのを表に出せる程、俺は自分に自信がなかった。 お前が俺を好きになってくれるなんて、思ってなかった。 「だって俺は、ずっとお前しか見てなかったんだから」 ただ一人しか見ない事の憧れ。それはずっと、遥か昔から思っていた。ただ一人以外何も見えなくなれば、むずかしい事も面倒な事も放り出せるのに。 大切なのは彼だけだと言えるのに、と。 「……ばぁーか」 くすりと微笑うように響いた声に、俺はぎゅっと胸に押しつけられる感覚に身を震わせた。 「オレだって、お前しか目に入ってなかったんだよ」 同じ言葉に、二人して微笑った。 好きじゃなかった時なんて、一度もなかった。 だからどうか、これからも一緒に 君が隣でいてくれる事の幸せを、いつまでも願っていよう。 |