大切だから傍にいたいとか
 好きだから抱きしめてとか
 そう言う事を考えるのが普通なら、俺は普通じゃないのかもしれない

 だって別に口にしなくて良いでしょ?
 別に君が悪いわけでも無いし
 独りになりたい夜だってある

 だからそんな顔しないで

 俺はいつだって君を、想っているから。












BLAST












「あーそーかよ。勝手にしろ!」

 ばんっと勢い良く閉まった扉に背を向けたまま、ようやく息を吐いて俺は胸ポケットから出した煙草に火を点けた。喧嘩なんていつもの事。別に今更取り立てて問題な訳じゃない。
 ただ何が問題かって俺とアイツが喧嘩したって事くらいだ。滅多にない事だし、ね。

「…………ふぅ」

 まったく、扉が壊れるだろお前の馬鹿力で。
 俺がもし蚊帳の外の人間ならきっとそうやって彼を慰める――――とはちょっと違うか。そうやって彼を諌めるだろう。お前のものじゃないんだから、会社のものなんだから大事に扱えみたいな感じで言って。誰かとの喧嘩ならそれを忘れさせてやる為に俺は気になるのを封じ込めてあえて何でもない言葉を投げつけてやる。たったそれだけで、他の誰にも入れない俺たちだけの空気が出来上がるのは目に見えている。
 だけどその喧嘩の相手は俺なのだから、今の彼は誰にも手が付けられない。例えそれが恋人の彼であっても、決して俺と同じようには出来ないと知っている。長年傍でずっと居たからこそ俺はアイツの何もかもを知っていて、どう言えばどういう反応が返ってくるのかも知ってる。だからこそ、俺より付き合いの浅い彼が俺と同じ対応が出来るはずが無い。

「いーのーちゃん」
「あ、おかえり。お疲れ様」
「あー…うん……あの、さ」
「ごめんね、俺が原因」

苦い表情で言い出そうとする隆ちゃんに先手を打って謝っておく。どうせ彼の口から出るのは最愛の恋人の話題で、勿論その恋人は先程ドアを叩き壊しそうな勢いで閉めてずんずんどっかに歩いていったに違いないんだ。

「……珍しいね、イノちゃんがJ君と喧嘩なんて」
「別に喧嘩ってほどじゃないよ。あいつが怒ってるだけ」
「それも珍しいじゃない。イノちゃんがJ君怒らせるような事するなんて」
「怒らせるような事した覚えはないんだけど」

 これは、嘘。
 素晴らしい歌声の持ち主は俺のそんな嘘に騙されて、首を傾げて少し困ったように微笑んだ。見抜けるわけ無いんだよね、俺の嘘を。だって君が俺と付き合って来たのなんてほんの少しの時間しかない。彼と過ごした、長い長い時間と比べてみれば。

「何言ったの?」

向かいに座って両肘をついて俺をのぞき込んでくるような仕草に、さて、と言わんばかりに遠い目をしてみせた。

「隆ちゃん大事にしてないって思ったから。あんまり放っておくんなら、俺がもらっちゃうよって」
「そんな感情無いくせにー」
「うん。でもそうでも言わないとしないから」

 隆ちゃんの為なら彼はどんな事でもやってみせるだろう、と思う。少なくとも、アイツが腕の中に入れた『大事なもの』を守る為ならきっとアイツはどんな事でも、それがどんなに汚い事でも彼はやってみせるだろう。悲しませない為に、喜んでくれるように。それにたいして別に文句を言うわけではないけれど。
 けれどアイツが俺と隆ちゃんを天秤にかけて俺を取っていいはずがない。

「ばっかじゃない?って、冗談じゃないって思ったから、ね。思いっきり怒ってやったら逆ギレされました」

 俺と隆ちゃんがいくら仲が良いからと言って必ずしも恋愛感情に発展する訳じゃないのをわからないはずではないだろう。少なくともこの歳になったらいい加減わかるだろう、と思うような事なのに、あの単純馬鹿は怒って脱走したというわけだ。
 …………万に一つの確率でも有り得ない話だってあいつは思わないのかね。俺が、隆ちゃんを好きだなんてさ。
 もし本当にそうだったなら。もしも本当に、俺が隆ちゃんを好きだったならこんなに苦労してないんだけど。

「ごめん、ね」
「アイツが怒ったってのはJと俺の問題だから気にしないで。それよりホラ、早くなだめないと破壊活動し始めるよ、アイツ」
「あ、うん……そうかも。じゃ行って来るね、ほんとにごめんね!」

行ってらっしゃいという言葉の代わりにひらひらと手を振ってやると、軽やかな色合いのシャツを着た彼がぱたぱたと走り去っていく。
 長身の彼の隣に立つ、とても穏やかでやわらかな雰囲気を持つ彼。二人が大好きだったのは、事実。ただ何が狂ったかと言えば、俺が幼馴染みの彼を好きになったのが間違いだったんだろう。その真実に行き当たってから俺は以前のようにJに甘える事はしなかった。そしてまた、隆ちゃんも同様に。
 大切だから傍にいて守ってあげたい。好きだから、同じように好きだと言って抱きしめ返して欲しい。
 きっと誰もが抱く気持ちを、俺は抱かなかった。好きだから、大切だから、といって何か見返りを必要とはしなかった。好きだから好き、だけど。俺はお前が好きだけど、お前が同じように俺を好きになってくれるとは思わないから。だからこそ俺は気持ちを伝えず、かと言って別れるでもなく。ただ漠然と以前と同じように居られればそれで良かった。離れても連絡が取れるなら別に淋しいとは思わない。誰か好きな人がいるなら、その人と幸せになってくれればいい。もしも俺が隆ちゃんに相談されたとき、俺もJが好きなんだと言ってしまっていたらきっとこんな風にはいられなかった。冷静に彼の背中を見つめる事もきっと無かった。
 別に彼が悪いわけでもなく、俺が悪いわけでもなく。
 喉まで出かかった言葉を無理矢理に押し込めて、気持ちも封印して。微笑って応援する事を選んだのを間違っていたとは思わない。それは俺自身が決めた事だし、別に間違ってるとも今でも思わなかった。彼らが寄り添い微笑み合う姿を見てまで、決して。
 失えない大切なものを見つけてしまったけれど、それでも腕に抱きしめて大切に守っていきたいとは思わない。だってアイツは俺の手など必要としないほど強く、しなやかで、しっかりしている。頼りにならない所も少しはあるけれど、彼はとても脆くて強い人だから。一度崩されたくらいでは壊されない人、だから。だから俺はアイツがどんな道を歩もうとただ見守るだけにする。アイツが間違った道を歩むなんてとても思えないし、例え間違っていたとしても彼の恋人が彼を正常な道に戻すだろう。俺はそっと、その手助けをしてやれば良い。
 隣に在れないのならば遠くからずっと見てる。ただ、好きでいるくらいは良いでしょう?
 今もこれからも、ずっとずっと出来るならば永遠にこの想いは封じ込めておくから。決して困らせたりはしないから、好きでいる事だけは許して。
 そんな臆病な想いがずっと俺の中に眠り続け、そして俺は決してそれを表には出させない。言ってしまいたくなる時なんていくらでもある。優しさに触れた時や改めて好きだと感じた時も、数え切れないほどたくさんある。けれどそれでも言わなかったのは、彼の隣でとても綺麗に微笑ってくれる親友がいるからだった。





 もう涙は見たくない。

 もう誰も悲しませたくない。






 ただそれだけだった。俺のせいで彼が悲しむのなら、それは決して許される事ではないと思うから。
 だから、隆ちゃんがいつまでも微笑っていてくれますようにと俺は自分の気持ちを封じ込めたままで居る事に決めたのだ。それは別に隆ちゃんが悪い訳じゃない。決して、隆ちゃんが悪い訳じゃない。ただ俺が黙っている事を選んだから、こうなっているだけだった。

「お前も苦労人だねぇ」
「ホントになー。お疲れ、イノラン」

どっかと俺の両脇(……でもないか。スギちゃん正確には後ろだし)に座ったりもたれたりしてくしゃくしゃと頭を撫でられる。ぐちゃぐちゃになろうがまぁお構いなしで、ただ俺はくすりと微笑ってそちらの方を振り返った。

「しーかーしー。アイツほんっとにリュウをそんな扱いしてんの?」
「実は本命イノランだったりするんじゃないのー?」

片方が酷く渋い顔で、片方がけらけらと笑いながらの言葉に両方から言われたって答えられるわけないよと心の中で毒づきながら俺はアイスコーヒーを一口飲んで。

「て言うかね。Jが俺の事好きだったとしても俺はアイツに付き合いきれません。私生活まで知りません」

 両方の話題を天秤にかけたとて、まず先に答えるべきはこちらの問題だろう。好きだなんて、誰にも言わない。例え本当の事を言ったって今現在では報われる事など無いし、言ったとしてもただきっと同情されるだけだ。或いは必要としない言葉をかけられるだけだ。俺と同じ気持ちを他の誰かが抱いてくれるなど思わないし、他の誰かと共有したいなどと思った事も無い。

「嘘吐け。お互いの私生活どころか居場所さえ知ってるくせに」
「好きで知ってるわけじゃないの。アイツが教えてくんの」

 俺のせいじゃないよと言えば納得顔。
 アイツが俺を守らなきゃと思ってるのは中学の時から俺を知ってるからだって知ってる。頼りなくてか弱く見えてたんだろう、アイツも言ってたし――――だけど今でもそれは継続中で。それはきっと、俺と隆ちゃんが谷底なんかに落ちちゃったら多分きっと俺を助けるだろうと思うくらいに重傷。
 だから俺は、突き放す為にいい加減放っといてくれと言った。

「ま、おれ達はお前らの喧嘩一部始終見てたわけじゃないし知らないけど」
「破壊活動行ってなきゃ良いんだけどねぇ。イノ、ちょっと行って見て来なよ」
「その辺は隆ちゃんに任せた。俺じゃ無理だね」

 今日このまま続けるのは多分無理だと判断して隆ちゃんにメールして、解散した。















 別になんて事は無いいつもと同じような静かな雨に支配された時間の中。風も緩やかに吹いていて暑くもないし寒くもない、ただ静かに雨音が鳴り響く中で珍しく何をするでもなくただぼんやりと風景を見ていた。静かだなぁとも思うし明日は出来るかなぁとも思う、考えのまとまらない妙な感覚。
 好きだという気持ちは、ある。昇華出来ない想いだからこそ、花火のように思い切り打ち上げて消えてしまえば良いのにと思うくらいに。こんなもの別になくなったって平気じゃないかとも思えるし、あろうがなかろうが多分きっと俺には関係ないんだろう。それが、俺自身の想いであったとしても。思考すべてを支配されてそれしか考えられなくなる――――例えば俺にとっての音楽のような存在ならばどうにかこうにか上手く立ち回れるはずなのかもしれないけれど。
 いっそ覚悟決めて想いを告げて見事に粉々に砕け散って、後には何も残らなくなるならそうするんだけど。だけど実行したとして、俺は平気だろうと思うからその後普通に潤に話しかけたとして、潤が同じように出来るかと言えばそれは完全否定出来るだろう。アイツにそんな器用な真似は無理だし、また返事はいらないと言っておいた所でその言葉に素直に従う事もなく。こちらが傷付き、また自分が傷付くのを知ってなおアイツは俺に正直な気持ちを言うほど馬鹿正直なはずだ。……何かやっぱ言わなくて良かったと思うんだけど。そしてまた俺が潤の事を好きだと言った所で潤が上手い事それを隠せるはずもなく、きっと隆ちゃんは鋭いから気付いて――――また、彼も傷付くんだろう。連鎖反応のような光景がありありと目に浮かぶから却下だなと改めて確認してちいさく溜め息を吐いた。
 潤は俺の、失えない大切なもの。それは今も昔もこれからも、きっと永遠に変わらない。俺が気付かずに通りすぎようとするものを改めて確認させてくれて、そしてその中から大切なものを拾い上げて俺に見せてくれるような。そういう、俺には出来ないなって言うような事を出来る人。多分きっと、隆ちゃんも俺と同じなんだろう。そして潤がまた俺と同じような事を彼にもしてあげた。だから、同じように好きになった。これが隆ちゃんじゃなきゃ、俺から見て大切だと言えるような人でなければ良かったのにとも思う。全然知らない人だったならきっと俺はアイツに言っていただろうし、結果はどうだろうと何も言わずにいると言う事はきっと無い。
 だけどそれが隆ちゃんだったから。すごく大切な、大好きな人だったから。尊敬出来る親友だから、良いかなと思ったんだ。お前何様のつもりだと言われても仕方ないような言い方だけれど、そうとしか言い様がないからまぁ仕方ない。隆ちゃんなら、きっと潤を支えていってやれるとわかった。隆ちゃんならきっと、俺とは違って本当に彼を大切にしてくれるから大丈夫だと確信した。だから俺は隆ちゃんの背中を押した。
 ただそれだけの事だった。本来ただ友達だったなら別に悩む事でも何でもない、当然の事だったかもしれない。けれど違ったのは俺が潤を好きになってしまったからだ。好きだという想いに長いも短いもなく、勝負でもない。だから俺はスタートラインにもゴールにも着かず、ただぶらぶらとしているだけなんだ。

 静かに響いたインターフォンに何事かと思い扉を開ける。

「…………よぉ」
「……何やってんの?」

 思わず間抜けな答えが出たのは昼に思い切り罵った幼馴染みが酷くバツの悪そうな表情で俺を見ていたからだ。そして雨に濡れたというおまけ付きで。思わずタオルを渡すのも忘れて呆然と彼を見た。

「何、って……」
「隆ちゃんは?」
「知るかよ。家にいるんじゃねぇの」
「一緒にいたんじゃなかったんだ」
「四六時中一緒にいるわけじゃねぇよ」

 いたら怖いだろう。
 ていうか俺だったらそんな恋人関係嫌だ。

「上がれば?」
「いや、良い。ひとつだけ聞かせてくれ」

 珍しいそんな言葉に俺はただじっと潤を見た。
 幼馴染みの、誰よりも大切で大好きな人。お前が他の誰かと付き合っていれば良かったのかも、しれない。

「オレがお前を守るのは嫌か?」
「……………」

 嫌だ、と言うのはある。いつまでも危なっかしくて、信頼されてないようにも感じる。
 だけど嫌じゃないと言うのもある。俺だけがいつまでも潤の時別なんだと、思い上がるのは悪くなかった。例えそれが恋じゃなくても、愛じゃなくても、好きな人に守られるのは嫌いじゃない。

「ばっかじゃない?」

 ついに出た言葉は、そんな事だった。

「馬鹿、ってお前……」
「誰も迷惑なんて言ってないだろ。ただ俺は、俺を守るよりは隆ちゃんを優先させろって言っただけじゃん」

 守られるのが嫌なんじゃない。
 守られるのが、苦痛なんじゃない。

 だけどお前が選んだのは彼だから。
 お前が選んだ人を、俺よりも優先させなきゃいけないだろ?

「お前が守ってくれてるのは知ってる。傷付かないように、してくれてるのずっと知ってた」

 時には俺のせいで失ったものもあったかもしれない。
 俺がいるせいで、自由に飛び回れなかったかもしれない。

「だけどさ」

 だけど、酷く自分勝手に言わせてもらえば――――それを選んだのはお前だろ?
 お前が、俺を守る事を選んだから今でも俺を守り続けているんだろう?

「俺よりも傷付けちゃいけない人がいるだろ。だから隆ちゃんを選んだんじゃねぇの、お前」

 だから彼を選んだんだろう。彼は酷く優しすぎて、時に自らが傷付く事さえ厭わない人だから。
 だからこそ、お前が守ってやらなくて誰が守ってやるんだよ。

「イノ」
「お前が選んだのは俺じゃない。お前は、隆ちゃんを選んだんじゃねぇか」

 守る人、間違えてるんじゃない?

 俺の言葉に潤はしばらくうつむいたままで――――俺は酷い言い方をしていると自覚していた。突き放し、貶して、そしてなお立ち上がる強さをお前は持ってるはずだ。少なくとも、昔より俺はキツくはなかったはずだ。
 俺を守るのはお前の義務じゃない。少なくともお前が隆ちゃんの想いを受け入れた時点で、それは隆ちゃんに変わったはずだ。俺を守るのはお前の勝手なんだって。
 きっとお前が守らなきゃ誰も守らないよ、俺なんか。

「お前が守るべき人は、隆ちゃんだよ。お前が俺を守ろうとしてるのは、お前の勝手」
「そう、……かな」
「かな、じゃねぇだろ。勝手だよ、お前の」

 だからこそ、俺の所になんか来ちゃいけない。お前が俺を守り続ける事によって、俺はいつか思い上がってしまう。お前に愛されてるんだと勘違いしてもおかしくなくなる。だから早めに打ち切ってしまって欲しかった。お前がいなきゃ駄目なんだってなるから。
 そうなったら、俺はお前を誰にも渡したくなくなるから。

「井上」

 あの時より背は伸びた。ギターだって上手くなった。いろんなものを見て、いろんな事を知った。
 もうあの時のようにお前にしがみついて怖がってないから。
 だから、潤は潤の思うように――――今度こそ本当にお前の大切な人を守らなきゃ。

「大丈夫だよ、俺は」
「…………うん」

 潤が何度か唇を開いたり閉じたりと繰り返して、何かを言おうとしたのにもかかわらず結局はただ一言肯いただけだった。

「なぁ、オレ達………友達だよな?」
「幼馴染みで友達で仕事仲間でバンド仲間で、親友のつもりなんだけど?」
「…………そう、だよな。そう思ってるの、オレだけじゃないよな?」
「お前だけだったら疾うに友達からやめてるよ、俺は」

 俺の言葉に「酷ェ」と顔を歪めて、一拍。
 目を伏せたまま、静かに口唇が開いた。

「……もう、本当に大丈夫なのか」
「大丈夫だよ。あの時みたいに、傷付けられたりしない」
「…………井上、本当に」
「潤」

 …………あの時の事を、忘れた事はなくても。
 それでも俺はお前に甘えたままでいるわけには、いかないから。

「お前が俺の事で責任感じる事なんて、無いよ」

 誰のせいじゃない。俺のせいでもお前のせいでも、きっと無い。
 俺はお前を責めたりなんかはしないし、この先同じ事が起きるなんて確証も無い。起きたとしても――――もう、あの時のように弱い俺じゃないから。お前が助けに現れなくても、一人で大丈夫だから。
 …………あぁ、だから好きになったんだと気付いた。怖くて仕方が無くて、人前で泣くなんて情けないんだけど本当に今にも泣きたくなった時にお前だけは助けてくれた。それが例え幼馴染みだったから、友達だったからと言っても、あの時の俺には希望の光に見えていた。潤がいてさえくれれば、お前のように強くなれると思っていた。立ち向かう強さも、失い涙する弱ささえ愛していた。弱さまでも見られるのは俺だけだと、信じていた。本当は全然違ったのに。
 もしかしたらあの時と同じなまま、弱いままかもしれないけれど。それで俺が傷付けられたとしても、お前のせいなんかじゃないんだと今なら言ってやれるから。だからもう、俺を守らなくても良いんだと。……きっと俺は解放してやりたかったんだろうと思う。悲しいくらいに俺に縛り付けられた潤を。

「だから…………俺の所になんか来ちゃ駄目だよ」

 潤が苦々しい表情で俺を見ているのに気付いて、無理矢理笑顔を作った。早く帰れと追い返すと、微笑いながら、それでもまだごめんなと繰り返して扉を閉めて――――扉越しに聞こえる足音が遠ざかるのを聞きながら、俺はただ瞳を閉じた。優しい雨音が、酷く心地良くてそのまま寝入ってしまいそうになりながら。











 俺の所に来たらお前はきっとまた俺に縛られてしまうから
 自由に羽ばたき、空を飛び、光だけを見ている
 そういうお前が好きだから












 鳥籠に入れていた小鳥を、空へと返してやるのは当然の事。羽ばたけない鳥には何の価値もないから――――だから、鳥籠を外してやっただけだ。淡く光を放つ満月を見ながら、俺はふと酒でも飲んでしまえと思い当たった。何も考えられなくなるようなものが、他に何も無かったから。
 風が、あの時から縛られたままの関係をさらっていった。